誰もが平等に。
「フフフ、さぁ、早く眠りなさい。ビス」
「お前の今の顔、主人を襲った豪打君よりもえげつない顔をしているぞ」
「え~そんなことないよ。私はいつでも素敵な笑顔を浮かべているよ」
「……ある意味素敵な笑顔を浮かべているよ」
そう言って私から目を逸らすジョバンニ。失礼だな。
時間は午後11時。ビスは大体12時近くに眠るので、私達の今日の仕事はそろそろ終わりです。
ビスも自室のベッドの上で何やら変な本を読んでいますが、それもどうでもいいです。さっさと寝てくれれば。
一方私達は同じ部屋の机の上で並んで座っています。散らかっているおかげで教科書とかが椅子になって丁度良いので。
私とジョバンニはお互いの雑記帳を見て、間違いがないかを確認しているのです。
「しかし、お前の雑記帳本当にひどいな」
「アニーと呼んでください。ジョバンニ」
「これも消しとくか。これも、これも駄目だな」
「ちょっと待って下さい。何故に私の雑記帳を添削しているのですか」
これはあくまで、確認の為で滅多にそのことに対して文句言われることなんてないのに。
「現に私はジョバンニの雑記帳。憎ったらしいことに、何も修正するところがないんですよ」
「その口、そろそろ塞いでもらおうか。記録するのに口いらないよね?」
そう言うジョバンニの顔がとても冗談のテンションに思えなかったので、私は黙って黙々と確認作業を続けました。
そしてしばらくしてビスが寝たのを確認して、さぁ、ミッション開始です。
私は飛翔してアホ面で眠るビスの枕元に降り立ちました。
「さぁ、どうしてやりましょう」
「さっきよりもひどい顔しているぞ」
私の横に降り立ったジョバンニが溜息をつきます。
「ポルターガイストみたに物を動かしましょうか。それとも耳元で叫び続けて常に安眠妨害。あるいは見えないロープで縛りあげて身動き取れないようにしてやりましょうか」
色々あって迷います。
私達俱生神はばれない範囲で、その人の今日の行いによって、寝静まった後の体罰が許されています。もちろん傷が残るとか、病院に御厄介にならない程度なので、ちょっとした嫌がらせ程度ですけど。
皆様も寝ている時に人の気配を感じたり、物音が聞こえたりしたらかなりの確率で私達俱生神の体罰だと思われますので、その時は自分のその日の行いを振り返って懺悔して下さい。
そして今日、我が主人のビスも懺悔する行為を行ったのです。
ですから今から体罰を執行するのです。
今まで傍観していたジョバンニですけど、流石にいざ実行しようとしたところで苦言を呈します。
「なぁ、さすがにあれぐらいのことで体罰を加えるのは問題なのでは」
「あれぐらいのこととはなんですか!犯罪ですよ。犯罪」
「まるで人を殺したり、強盗したり見たいなテンションで訴えて来るな」
それに匹敵するぐらいの犯罪だと私は思っています。というか犯罪に大きいも小さいもないのでは。
「私は同生として罪を犯した主人に対してしかるべき罰を加えなければいけません」
「お前、都合良い時だけ同生してないか?」
そんなことは決してありません。
「それともジョバンニは法律違反したビスに対してなんとも思わないのですか?」
その質問に珍しくジョバンニが言葉を詰まらせます。
「いや、俺はその、神様だといっても男だからな」
その反応にはがっかりです。
「同族への同情ですか?そんなんじゃ、神様務まりませんよ」
全く、これだから男という人種は。
そう、我がご主人ビスは今日法律違反を犯しました。
事件が起きたのは今日学校から帰った後でした。
一旦家に帰ったビスは珍しく部屋に引きこもらずに、私服に着替えて出て行ったのです。
そして向かった先は近くの本屋。参考書でも買うと思ったのですが、ビスの店内に入ってからの周囲を警戒いしてる態度を見れば一目瞭然でした。そう、彼は猥褻物図書を買ったのです。
我がご主人様は一度、ウイルスでパソコンをおじゃんにしてから、紙派なのです。
「どうして、先生からあれだけ良い話をしてもらった直後にそういう本を買いに行く気になるかな!」
幻滅を通り越して、呆れかえります。そりゃ、ビスも男だからある程度は私も寛容に受け止めますが、それでもあり得ないです。信じられません。身も心も腐っています。
「よって、今から刑を執行します!」
「妹よ。こういう時だけ責任感に溢れる目をするのはやめてくれ」
ジョバンニはその場に沈むように座って。
「だから、客観的事実だけを見て、悪行と記録しろと言っているんだ。確かに年齢を偽って購入するのは悪行だが、そのような本を閲覧することは別に罪じゃない」
「それが罪だとしたくのないのなら、男につく同生は女にすべきじゃないですね。システムの欠陥です」
「お前の論理が欠陥しているよ!」
頭を抱える兄を余所に私は今日の裁きを決めました。やっぱりベタですがまず、足をつらせるのが一番だと思い、足元に飛翔しようとした時です。
「はい、ストップ!」
突然、ジョバンニが私の肩を掴みました。
「なんですか。何を言われようが、私は止る気はありません」
「だから、どうでもいいことをする時だけ格好良く言うの、やめろ。今日は何の日だ?」
「はい?知りません。私達俱生神にはあまり季節感とか、日にち感とか、曜日感覚はないのですから」
「さも自分が覚えていないことを俱生神にとって当たり前みたいな言い方をするな。今日は報告会の日だ」
そう言われてようやく思い出しました。そうだ。今日は月一の報告会の日です。
私達俱生神は一ヶ月に一度。地獄へ戻って報告をしなければいけません。
人間の一生を見守るわけですが、その人が死んだ直後にその人の記録を地獄へ提出していたらとても雑記帳の内容はまとめる時間がありません。
ですから、一ヶ月に一度雑記帳を地獄に提出して、また新しい雑記帳をもらう、報告会の日があるのです。その時に移動とかの指令もあるのですが、滅多にないです。
「というわけだから、行くぞ」
「ちょっと待って下さい。せめて布団を捲るぐらい」
「駄目だ。遅刻したら面倒なことになる」
ちっ。ビス、命拾いしましたね。でも、次は必ず。
「捨て台詞が完全に悪役が去る時だな」
そんなわけで、私達は地獄へ旅立ちました。
閻魔殿に降り立って、私が記録した雑記帳をまとめてくれるところに向かいます。同名とは受付が違うのでジョバンニとは入り口で別れます。
地獄では私達は普通サイズに戻ります。そうしないと普通サイズで働いている人達に踏みつぶされたり、払われたりするので。しかし。
「どうして私ってこんなに小さいの」
身長は140センチぐらいから一向に成長しません。身長も胸も。
重い空気を身に纏いながら、私は雑記帳を提出する建物に入ります。
提出する受付は市役所の窓口を想像してもらえれば構わないのです。いくつかのカウンターがあって、そこに立っている人に雑記帳を提出するほとんど事務的作業です。
「俱生神同生千二百番。アニ―の雑記帳です」
そう言って提出して受け取った受付の人は怪訝な顔を浮かべている。
「何がアニーだ。そうかお前か清書担当の人達から煙たがられている奴か」
「え、私って、有名人なのですか?」
能あるタカは中々爪を隠すのも困難ですね」
「くだらないことを記入するし。余計なことは書くし。変な注釈いれているし、字は汚いしで最悪だと」
違う意味で有名人のようでした。
「……」
そこまで言われているとは。流石にショックです。しかしここで食い下がっては、私のプライドに泥を塗ることになります。
「何も間違ったことは書いていません!」
迷いのない、私の否定の言葉に受付の人は溜息をついて。
「テスト前夜に勉強しなかったとか、授業中に居眠りするとか、試食だけして去るとか、そんなのを全て悪行にしていたら、誰もが裁判せずに地獄行きだ」
「でも、私が思った立派な悪行です」
「あ、もぅいい。お前と話していたら頭が痛くなる。さっさと新しい雑記帳をもらってこい」
そう言って蚊でも追い払うように受付にシッ、シッと言われました。不愉快です。
かといってこんなことで癇癪起こすほど、私も子供じゃないので。
「偏屈野郎」
と、聞こえるように言っただけで去って行きました。その後後ろから怒鳴り声が聞こえて来たような気がしましたが、私はそっと耳を塞ぎます。
雑記帳をもらうところは少し離れた場所にあるので少し歩きます。その道中の事でした。
「あ、リタ」
そう呼ばれてリタは辺りをキョロキョロ見回して、私を認識してこちらに向かってきませんでしたので、私から飛びつきました。
「何故、無視する!」
「関わりたくないから」
ひどいな。泣くよ。泣いちゃうよ。
リタは諦めたのかふっと溜息をついて。
「やっぱり、さっき受付でとやかく言われたのはあんただったの」
「あんたじゃない、アニーと呼んで」
「はい、はい、ブービー」
「最後の長音しか合ってないし!」
私の言葉を聞き流すように「はいはい。叫ばない」と、適当にあしらいましたが、ここで癇癪を起すほど私は子供じゃないです。
「で、自分、ここで何しているの?あんたも報告会?」
「どれだけやさぐれているのよ」
別に普通に喋っただけですけど、何か。
「ちょっと呼び出しがあって」
その言葉を聞いて私は目を輝かします。スキャンダルが好きなのは神様だろうが人間だろうが、女の子の本能です。
「なに、なに、なにしたの?」
私のおでこに手刀が振り下されます。
「あんたと一緒にするな。単なる異動よ」
涙目になりながらリタの言葉を反芻する。
「異動?」
「うん、一ヶ月後に。だから、あんたともまた、しばらくお別れね」
「……そっか、寂しくなるね」
そう言って出来るだけ平常心を保ちましたが、やはりお別れはつらいです。
「まぁ、同生の一生なんて凄く長いんだから。また逢えるでしょう」
まぁ、それもそうか。
「というわけで問題起こしても尻拭い出来ないから、気をつけなさいよ」
「私が悪いんじゃない。上の人が悪いの!」
再び手刀が振り下される。リタの元の身長が170近くあるので地獄でも痛い。
「今度逢った時少しは成長した姿見せてよ。じゃあね」
そう言ってリタは去って行きました。今も痛い。
「本当にリタって暴力的なのだから」
だから、同名からもあんなに綺麗なのに、警戒されるんだよ。
そう言って、殴られたおでこ撫でながら、再び雑記帳をもらうべく歩き出しましたがすぐにその歩が止まりました。
「うん?異動?」
リタのついている現世の人はジュリエッタ。そのリタが異動する。それってつまり。
急に頭に浮かんできた最悪の結論を消し去ろうとして頭を横に強く振る。
「いやいや、まだジュリエッタ17歳だよ。そんな……」
私の頭の中であの時の泣き声が聞こえて来ました。
そう、その瞬間は人間なら誰も訪れる。産まれる前かもしれないし、100歳になった時かもしれないし、明日かもしれない。
今まで見守ってきた人達にその時が訪れた歳も場所も様々だった。だから、いつ来るなんてわからない。
その言葉を口に出したくなかった。それを出したら現実になるような、言霊のような力が作用するかもしれないと思ったからだ。
でも、私は出してしまった。死後の世界でこんなことをいうのも変だけど、出してしまった。
「ジュリエッタが一か月後に死ぬ?」
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