神様だって、悩みます。

休憩が終わり、インカムでジョバンニにビスのいる場所を聞いて私は肩を落としてその場所に向かいます。

 保健室。通称ビスの緊急避難所。

 そこには倒れた時に擦りむいたビスの頬を消毒する先生とビスがいました。

 もぅ、三十後半のその人は(私達から見たら赤子)ブショ髭を生やして、メガネをかけて、白衣を着てなかったらとても保健の先生には見えないで、いつも机か薬品棚にエロ本かウイスキーを隠しているのではないかとかいくぐってしまいます。

 ちなみにあだ名は決まっていません。逢う人全ての人にあだ名をつけるのは中々大変なのです。

 ビスが保健室に運び込まれるのは珍しい事ではなく、まぁ、大概がこうやって負傷したからではなく、見るに見かねた先生がビスを連れてくるパターンです。

 今日もどうせ頬を怪我して倒れているビスを連れてきてくれたのでしょう。あの場所は昇降口から保健室に向かう同線でもありますし。

 時計をチラリと見ます。やはりさっき鳴った予鈴も空耳ではなく、静まり返った校舎の音も決して地球が滅んだのではなく、ただ単に授業が始まったからなのでしょう。

「……授業をサボるマイナス1ポイント」

「お前のその評価にはまたここにいる主人への断罪が入ってないだろうな」

「ええ、入っていますよ。それが何か?」

「遂にこいつ開き直りやがった」

 仕方ないでしょう。だって、さっきから呆れかえりながら消毒している先生に対して。

「だって先生」

 ってさっきから、ウジ、ウジと言い訳がましくしているビスを見ていたら誰だってイライラします。先生だって溜息を吐いて。

「お前は高校生にもなって小学生みたいな言い訳するな」

 全くその通りです。

「お前は数百年生きているのに、子供みたいに右往左往するな」

 空耳が聞こえます。

 消毒を終えて、擦りむいた頬にガーゼを貼りながら。

「別にやり返せとは言わないが、いつまで経ってもこの状況好転はしないぞ。俺が何かを言ったところで、どうせ影でまた殴られるんだ。そうなったら庇いようがない」

 結構ドライな先生ですが間違ったことは言っていませんので、なんとも歯がゆい。現に向こうの同生も悩んでいます。

 人って成長する度に悪意をオブラートに包めるようになるので厄介です。

「今日から馬渡目、学校に来ているんだろう?だったら、お前がサポートしないと駄目だろう?」

 その言葉に更に縮こまるビス。

 しかし言葉一つで根暗なこの性格が治ったら、カウンセリングなんてものはいらないです。

「……でも、先生」

 その言葉に流石の温厚な私の中でも何かがプツリと音を立てて切れます。

「言い方変えれば良いってもんじゃなぇんだよ!」

 主人に突撃しようとする私をジョバンニが羽絞い占めにして止めます。

「離してジョバンニ!今日こそこの男にショック療法を」

「暴力をまるで治療みたいにいうな!」

「私にはやらないといけないことがあるの!」

「まるで誰かの仇討ちをする主人公みたいな言い訳をしても駄目だ!」

「時には制裁も必要よ!」

「お前のは単なる逆切れだ!」

 頭上でそんな攻防が繰り広げられていることも知らずに淡々と二人の会話は進みます。

「よし、まずは言いわけをしないところから始めよう」

そんな先生の提案に戸惑いながらも従います。

 10秒経過、20秒経過。

 ビスの顔が青ざめて来たと思ったら、急に大きく息を吐きました。

 ビスが顔を青ざめていったと同時に私の顔はドンドン赤くなります。

 せっかく冷めかけていた怒りが再びヒートアップして、ジョバンニに抑えられながらも暴れまわる。

「言いわけ禁止するって言って、息を止める馬鹿がどこにいる!」

 ビスが呼吸をするように根暗な発言をしていることが確定した瞬間だった。

 頭を抱える先生。もぅ、無理ですよ、先生。こういう男には一回力づくで、なんとかしないと。じゃないと彼が後悔するだけです。

「森、お前、あれだろう。自分に何も期待してないだろう」

「「……え」」

 思わず私とビスの声がシンクロします。

 驚く私達を余所目に向かいに座る先生は俯き、記録をつけるために書類にボールペンを走らせる。

「お前って奴はな。お前が思っている奴より実は凄いやつなのかもしれないぞ。それを少しは信じることが出来ないか?」

 どこか憂鬱に、残念そうに喋る先生の口調に私もジョバンニも動きを止めて、思わず食い入るように聞きます。

「誰だって万能じゃない。先生だって、もしかしたらお前のすぐ後ろにいる神様だって」

 思わずドッキリしましたが、すぐにたとえ話だと気付いてフ~っと安堵の息を吐きます。

「いや、お前はその言葉を真摯に受け止めろ」

「あ、聞こえない。聞こえない」

 耳を塞ぐ私をジョバンニは白い目で見てきましたので、目を逸らすようにして先生の方を向きます。

「誰だって、自分と向かい合って生きているんだよ。想像通りに動かなくて、身の丈以上に高いものに手を伸ばすことに対して、躊躇い怯えながら。

でもさ、それでも成功する人はいる。そしてそれは人なんだよ。お前と同じな。

だから少しは自分の気持ちを素直に受け止めて、そしてそれを行動にうつせよ。

別になんでもかんでもしろとは言わない。でも、お前にはあるだろう?大きな行動理由が。

だから今はそのことに対してだけ素直に動け。例えそれが世間から笑われることでもな」

 先生の言葉に私達は聞き入り、ビスにとってその言葉はとても受け止めきれない、容量の大きなものだったらしく、俯き、黙りこけていました。

 もちろん、その反応は先生の許容範囲内だったらしく、穏やかな顔でビスのことを見つめていました。


放課後。ボ~っとしていたのか、ビスは信号無視をしました。幸い車は一台も通らなかったのですが。

「おい!」

 何回目かのインカムから聞こえるジョバンニの声にようやく反応します。

「え、何?」

「何じゃない。しっかりしろ!」

「あ、ごめん。え~と。信号が無視しましたマイナス1ポイント」

「お前なぁ~」

 インカムから呆れるようなジョバンニの溜息が聞こえてきますが、なんで呆れられたのかわかりません。

「お前、保健室出てからおかしいぞ」

「え、お菓子?」

 それはご相伴に預かりたい。さっきも言ったように今の現世のお菓子はとても美味しいので。 

更に深いため息が聞こえる。さっきから失礼な。

「今度は何に悩んでいるんだ」

「え、なんでわかるの!」

 凄くびっくり仰天。

「さっきから全部棒読みだ」

 そうだったかな。自分ではよくわからないな。とはいえ、せっかくの機会だし駄目もとで聞いてみますか。

「ねぇジョバンニ」

「……なんだ」

「感情移入しないようにするにはどうしたらいい?」

「……えっ、今なんて」

「だから、感情移入しないようにする為にはどうしたらいい?」

 その質問にどこか嬉しそうな声がインカムから聞こえてきます。泣いているのでしょうか。何故?

「やっと、やっと、考えてくれたのか」

 と、言っていますがなんのことかさっぱりわからない。どうせ、妹の私から質問をされたことが嬉しいのでしょう。本当にシスコンを絵に描いたような兄です。

「で、どうしたらいい?」

「え、あそうだな。うん、そうだ」

 動揺を隠しきれないという感じで私の質問に対して必死に考えるジョバンニ。真面目に考えてくれるのは嬉しいのですが、若干気持ち悪い。

「そうだな、相手に興味を持たないことだな」

「興味を持たない?」

「ああ、とりあえず起こったことだけに目を向けて事実だけを見るんだ。あれと一緒だ。よく人間が緊張しない為に相手をかぼちゃのように見なさいと言うだろう。それと一緒だ」

 言っていることはよくわかりませんが。

「でも、興味を持たなかったら、意味がないんじゃ」

 私の言い返しに兄は「う~ん」と唸って。

「確かにその言葉も一理ある。それならボーダーラインを決めるんだ。興味を持ってはいい。でも、それを表面には出さない。例え興味を持っていても自分の心に押しとどめるんだ」

 自分の心に押しとどめる。でも、それじゃ。

「意味がないんだよね~それじゃ、時間内に終わらないような。それにそれじゃ、読んでいる意味がないよ」

 その言葉にインカムからの返しがきません。何を黙っているんだろう。

「妹、お前、今何している?」

「うん?本読んでいるけど」

 私の片手には愛読書のマンガがあります。マンガは日本の文化の象徴です。これは読んでいて損はありません。何より絵が綺麗。棒人間じゃないし。

「どうしても主人公に感情移入すると読む時間がかかるんだよね。そしたら、読むのに時間がかかって、そしたら休憩時間に全部読めなくて。今日だってリタに邪魔されて、結局読めなかったから、こうやってこっそりと……」

 あれ?なんか私言ったらいけないようなことを言ったような。

「妹評価ポイント、マイナス10ポイント」

 しまった。つい喋っちゃった。恐るべき誘導尋問。

「でも、さすがにそれは厳しすぎるんじゃ」

「+アルファマイナス10ポイント」

「横暴だ!」

 しかし、ジョバンニは聞いてくれません。そろそろ私、本当にやばいのでは?


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