倶生神らしくない

その後、ビスはちゃんと学校に行きました。遅刻ギリギリでしたが。

「善行にいれてあげれば?」

 あの豆腐みたいなメンタルしか持っていないビスがあれだけのことがあって、登校したというなら称賛に値すると思うんだけど。

 もちろんそこら辺のことは私と一緒にずっとビスを見守っていたジョバンニもわかっているはずなんだけど。

「……遅刻せずに学校行くのを善行にしていたらキリがない」

 とキッパリ切り捨てましたが苦渋の決断だということは声質でわかりました。しかし。

「学校に来たところでこんな負抜けていたら意味がない」

 ビスは登校したものの、ずっと上の空でどこか遠くの空を見たり、うわ言を言ったりしながらノートに『死んだ、終わった、可愛かった』とかわけのわからないことを言っています。最後の言葉は本当によくわからない。

 ちなみにビスとジュリエッタは同じクラスでジュリエッタの席は窓際の一番前の席。ビスの席は廊下側の一番前の席とまさに端から端です。

 時々ジュリエッタを見ながら太陽光に照らされてキラキラ光る彼女の横顔を見ては顔を赤くなっています。めでたい男。

 だが、私は品行方正な俱生神。チェックを厳しくいきます。大体そんな態度で授業を受けられたら働いている先生が可愛そうです。

「授業を真面目に受けないマイナス1ポイント」

「なんだろう。お前がちゃんとしたこと言ったら腹が立つ」

 ジョバンニが何かを言っています。きっと有能な人間に対する醜い嫉妬ですね。

「いや、どっちかというと普段ふざけている奴がえらそうにしているところを見ている時の心境だな」

 さぁ、無視。ムシ、クズ。

「お前、本当に最低だな」

 インカムからの講義活動を私は寛大な心でスルーして、マイナス4ポイントをつけたところで、昼休み。 

 ビスが通っている高校の購買部の昼はいつも熾烈です。

 学食もあるのですが、一週間で5食ともなれば、さすがに皆さんどこかで節約しないといけない。最近子供がもらうおこづかいの量は増えていますが、血気盛んな高校生。昼ごはんにお金を使うなら別のところで使いたいらしく、結果購買部はいつでもパンの争奪戦です。ですから私達俱生神も大変です。

「あ、横取りマイナス」

「今、殴ったマイナス」

「おっ、譲ったプラス」

「この状況であれだけ取ったらマイナスだな」

 とまぁ、こんな具合で逃さずしっかり記録していますので、いくら必死でもちゃんと紳士、淑女的に争ってくださいね。

 我がヘッポコ主ビスの親も共働きなので大概購買部でパンを入手するかコンビニで買うのですが、今日の精神状態でコンビニを寄る余裕なんてなく、必然的に購買部です。

 貧弱なビスがあの購買部に突っ込むなんて、ブルドーザーに突っ張りで挑むようなものなので、とっくにビスの命は消えうせているはずなのですが、今もちゃんと生きています。

 その理由はビスはやたら足が速いのです。

 幼少時代から逃げてばっかりだったので、生き抜くための能力みたいな感じで足はドンドン速くなって行きました。

 しかも知能もそこまで良くはないので、四時間目が過ぎると反射のように購買部に一目散に走って行くので、まだ戦場になる前に買うことが可能なのです。しかし、こんな精神状態でもパンを買に行くなんて。

「流石の心の広い私でも呆れますね」

 しかもさっきからビスは手に持っているホットドッグじっと見つめています。大方無我夢中で買ったものだから、自分が何故パンを持っているのかわからないのでしょう。

 ビスとは産まれた時の付き合いです。それぐらいわかりま「今日はカツサンドの気分だったな」

「……購買でホットドックを買う、マイナス」

「だから、公私混同するな」

「あ、帰ったんですか」

 ちっ。

「お早いお帰りで」

「今、舌打ちしたな」

「まさか、品行方正、才色兼備でまさにパーフェクトの私がそんなことするわけないじゃないですか」

 私は明一杯の営業スマイルをしますが、未だジョバンニの曇った顔は晴れません。

「お前いつか閻魔様に舌引っこ抜かれるか、舌きり雀に舌切られるぞ」

「え、あれって神様にも有効?」

「舌があるから有効だろう?」

 どんな基準。ひどいな。

 俱生神には一日に一回休憩タイムがあります。その間は善行も悪行も残った俱生神が見るのですが。

「しかし、実質労働時間は主人が起きている間。有給も休暇もないとは」

 どんなブラック企業ですが。

「俺達俱生神には疲れとか疲労とかないからな。睡眠もいらないし。食べ物食べている奴も珍しいぞ」

 そう言ってチラリとこちらを見ます。

「べ、別にいいじゃない。昔に比べれば、どれだけ発達しているんだというぐらいに美味しくなっているんだから」

 人類の進歩半端ないです。特にスイーツが美味しい。

「それは別にいいが。前にも言っただろう。客観的事実だけ記録しろと、そんなところまでやっていたらキリがない。あくまでそこに悪意があるかどうかを見極めるのが同生。つまりお前の仕事だ」

 また、うるさい説教が始まったので、さっさと退散しましょう。

「じゃあ、私休憩行きます」

「おい、待て。まだ話し」

「ちょっと待てよ」

 その声を聞いて私はげんなり、ジョバンニは険しい顔つきを浮かべます。

 ビスの前に現れたのは豪打安蘭(ごうだあらん)。別名キエフです。

「だから、勝手に現世の人にまであだ名をつけるな」

 キエフは身長差を使ってビスを見下す。

「ねぇ、森君。僕今日、お昼忘れちゃったんだ」

 そのネコ撫で声には私は悪寒が走り、ビスはブルブルと携帯のバイブのように震えています。

 キエフは素行が悪く、何人かの取り巻きをいます。

まぁ、その脅威も男子だけで、授業も真面目に受けて、遅刻や早退がないのでなんとも中途半端な不良です。不良もどきです。いつの時代にもいますねこういう奴。

 しかし教師も教育委員会も授業態度と学校生活が真面に見えたら、介入はしてきません。故にこうやって裏で行われている悪行も目立つことはないのです。

しかも気弱なビスはキエフの恰好の獲物でいつも目の敵にされています。

しかし、いつまでもやられるわけはいきません。

さぁ、ビスここでガツンと「これ僕のものだ」と言って下さい。

 そんな気持ちとは裏腹にビスは震えあがり、まるでうっかり調子に乗ってダンジョンに入ってしまった新米の勇者がいつの間にかにボス部屋でボスと一対一で対峙しているようです。

「……」

 普通に無理な注文をしましたね。ごめんなさい。

 圧倒的な戦力差を目の前に立ち尽くすビス。しかし、今日のビスは違いました。

「こ、これは、僕ので、これ、なくなったら、僕のご飯が」

 噛みながらもパンを必死で抱きしめて譲ろうとしない、ビスのその姿に思わず私とジョバンニは呆気に取られました。

 あのビスが。

 しかし感動しているのも束の間、キエフの拳がビスの腹部に突き刺さります。

「がはっ」

 まさに一発K.O。ビスは口から唾を吐きだし、その場に倒れます。

 倒れたビスの横に転がっているホットドッグを拾いあげるキエフ。

「じゃあ、これもらっていくね」 

そう言ってニコリと笑うキエフ。その姿を見て私は彼についている俱生神の同生を睨みつけます。

 しかし、その同生はただ悪行を悪行として雑記帳に記入するだけで、何もしません。

 そう、私達のやっていることが役に立つのはあくまで死後の裁判の話しです。故に生前には何の役にも立ちません。

 自分の見守っている人が例え殺人を犯そうが、痛い気な少女、保護対象の子供に暴行を加えようが、その罪が裁かれるのは死後の話しで、生前はお咎めなしです。

 故に私達俱生神は生前、何も出来ません。例え今にもご主人が餓死しかけていても水を一滴もあげられない。例え今にも死にかけていて、助けを必死で呼んでいても、私達はただ冷たくなるのを見ているだけなのです。

 分かっているのです。何も出来ない。何もしてはいけない。でも、でも。

「このぉぉぉぉぉぉぉ」

 去って行くキエフめがけて私は突進していきます。

俱生神は小さな力ですが現世での物理的干渉が可能です。もちろん、その干渉はあくまで、微々たるもので自分が見守っている主人だけです。

 だけど、今日の私は我慢できませんでした。

 せっかく、ビスが頑張って小さいながらも、怯えながらも自分の意見を言ったのにこれではあんまりです。

「やめろ」

 突進していく私の前にジョバンニが立ち塞がります。

「どいて、お兄ちゃん。せっかくビスが頑張ったのに、これじゃ」

 しかし私の言い分なんて一つも聞かずに、ただ私の腕を掴んで睨みつけました。その迫力に思わずしゅんと首が項垂れた。

 ジョバンニは向こうの俱生神に頭を下げて、私の手を引っ張ってある程度まで来たところで、私の手を放した。

「休憩だ。少しは頭を冷やしてこい」

 いつの間にかにキエフはいなくて、そこにはお腹を抑えて必死で立ち上がろうとするビスがいて、私はその姿を見るのがいたたまれなくて、逃げるようにその場を去りました。


v屋上の淵で足をぶらつかせながら座っているその姿は、まるで羽を休める鳥のようで、それはさぞ絵になるでしょう。

 そこから景色を見ては自分の見守る世界を見つめます。

 空は青く、雲も相変わらず白いのに、世界は随分変わりました。昔は一番高い建物といったら、お城ぐらいでそれでも十分大きいと思ったのに、今では何本もポッキーのような棒状の建物が見えますし、人口も異常なぐらいに膨れ上がり、ここから山を見ることもありません。

「……」

 確かに、昔を考えれば平和になりました。しかし悪意というのは昔からなんら変わらずあります。だから、閻魔様は地獄を作り、私達同生は悪行を記録している。

 そのことに対してはなんの不満もありませんし、必要なことだとも思います。でも。

「なんで、皆平気なのだろう」

「余計なこと考えている顔している」

 そう言って私の目の前に一人の同生、つまり女の俱生神が飛んできました。赤の着物に、頭は何も被らずに長い髪をポニーテールにしています。

「…リタ」

 そう言った瞬間、リタは私の鼻をつまみました。

「ふぇ、ふぇ、ふぇ」

 リタはニヤリと笑って、払うように私の鼻を右上に引っ張り上げて、手を放しました。鼻は真っ赤です。ただ、夜道は照らしてくれそうにないです。暗くもないですし。

「な、なにふんのよ!」

「愛のムチよ!」

 なんでもかんでもその言葉で暴力が許されるなんておもわないでもらいたい。

 リタは昔っからの友達で、前まではそれぞれに憑いていた人間が遠くの場所だったので、滅多に合う事はありませんでしたが、今リタがついているのはジュリエッタ。つまりビスの片恋相手についているので、こうやって休憩時間には顔を合わせることも増えました。

 もちろんだからといって二人の間を取り持つことはしませんし、出来ません。リタはそういうところはシビアなのです。

 リタはすっと私の横に座って。

「なんか、さっきあった同生から同じ俱生神に殴られかけたって聞いたけど?」

「な、なんのことかな」

 上手く誤魔化した私の頭にリタは手刀を振り降ろします。結構痛い。

「あんた本当に嘘つくの下手ね」

「そ、そんなことは」

「実は私、あなたのお兄さんに少し気が」

「え、ウソ。マジで」

 再びチョップ。痛い。

「そして簡単に騙される」

 リタはフ~っと溜息を吐いて。

「感謝しなさい。そのことについては箝口令を引いといたから。じゃないとあなた今日にも一番から呼び出しよ」

 一番からの呼び出し。それは勘弁して欲しい。

「ありがとうございます」

 そう言って頭を下げる。

「うん、素直でよろしい」

 そう言ってリタは大きく背伸びをします。

「いや~それにしても今のご主人。やることなくて暇だわ~」

「だろうね。ジュリエッタが悪い事するところなんて見たことない」

 そもそも活動自体少ないし。

「ジュリエッタ?ああ、朱里のことね。あんたね、私のことを別にリタと呼ぶのはいいけど。結構気にいっているし。

だけど前世の人にまであだ名をつけるのはどうかと思うけど」

「別にいいじゃない。可愛いでしょ?ジュリエッタ」

「後、一番をキャサリンと呼ぶのはどうかと思うけどあんな巨体」

 一番とは私達同生のトップで全長二〇㎝ぐらいしかない私達と違って、人間並みの大きさなので、私達にとっては巨人なのです。

「さすがにキャサリンに対して、そういうのはどうかと思うけど」

「いいのよ。別に。同生の悪行を報告する同生なんていないんだから」

 それを始めればもぅ、無限ループだな。

「で、そのキャサリンからよくあなたの愚痴を聞くんだけど。相変わらず感情論で悪行をつけているとか。俱生神の業務の枠組みから外れた行為をしているとか」

 そう言ってジトと睨みつけられる。

「だって、つまらないじゃない。こんな悪行だけをあげつらっていくだけなんて、何か私はこの仕事にスパイスを」

「とか何とか言って、前に受け持っていた子のことを今でも引っ張っているだけじゃないの」

「……」

 思わず黙ってしまいました。図星とまではいきませんが、正鵠は射っています。

「私、この仕事向いてないよ」

 弱々しく、吐き出されたその言葉にリタは呆れるような深い溜息をつきます。

「無茶いわないでよ!私達は同生の俱生神。産まれた時から役割が決まっているの。歌舞伎役者の息子が歌舞伎役者になるのと一緒よ」

 その例えはともかく。

「でも人には向き不向きが」

「本当にそんなことをいう俱生神、前代未聞ね。そんな調子だったら、一生あんた兄とペアよ」

「うっ、それは嫌かも」

 ただでさえ、兄妹でずっとペア組まされているだけでも汚点に近いのに。

「だったら、ちゃんと仕事をすることね。決められたことをしっかりと。当たり前のことが出来ない奴が、その先のことなんて出来るわけがないのだから」

「……わかっているけど」

 煮え切らない私の言葉にリタは肩で息を吐いて、すっと立ち上がり、じっとそこから見える景色を見下ろします。忙しくな、目まぐるしく、車も人も動いている。

「確かに良い仕事ではないわよ、こんな仕事。人の悪行をひたすらあげつらっていくなんて。でも、私達の行動によって、死後のその人の運命すらも大きく左右することもまた事実。その人をかわいそうだとか、助けたいと思うのなら、あんたがじっと見てあげないと駄目なんじゃないの?」

 そうとだけ言って、リタはすっと飛び上がり、去って行きました。その後ろ姿を私は見えなくなるまでじっと見ていました。

「……リタは嫌いです」

 なんでもかんでも私の心を詠んで。全く反論の出来ない親友に、苦い物を吐き出すように青空に向かってそうつぶやきました。


 

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