両肩の守り神 倶生神アニーの日常

@esora-0304

 私、天使

 私、天使。

名前はアニーと言います。

羽根が生えて、人間界を飛び回り、一人、一人にそっとアドバイスをしています。あなたがもし、何かに成功したり、何かを成し遂げたりしたら、きっと、それは私のおかげなので感謝して、褒め称えて。お礼の品は〇〇ケンのワッフルでも、〇〇おじさんのチースケーキでも良いですよ。

「さて、今日も皆様の幸せを最大限願って、仕事を」「くだらないこと言ってないでさっさと働け」「……」

 そんなことを言ってくるのは私の兄です。残念ながら。

「今、無礼なこと言わなかったか」

 そして結構な地獄耳。無礼なのはなんの前触れもなく乙女に暴言を吐くそちらでは。

 私は大きな溜息をつき、持っていた雑記帳を広げます。

 改めまして、私は俱生神(ぐしょうしん)と言います。

 俱生神というのは人間が産まれると同時にその人の両肩に現れる神様のことです。そして人間の一生分の善行と悪行を記録します。死後の裁判はその記録を元に進めていきます。

 女の神様を同生(どうしょう)、その人の右肩にいて主にその人の悪行を記録します。

 男の神様を同名(どうめい)、主にその人の左肩にいて善行を記録します。羽は生えていますが天使のような羽ではなく、どっちかというと妖精に近い羽根です。4枚羽の。

 ちなみに私の本当の名前は同生千二百番。兄の本名は同名千百番。

でもそれじゃわかりづらく可愛くないので、それぞれにあだ名をつけます。だから私はアニーで、兄はジョバンニと言います。

「マイルールをさも公式設定みたいに言うな」

「なんで、私の頭の中のことがジョバンニに伝わるか、わからないわ。プンプン」

「突っ込みどころが多いな。俺達は一説では人間の煩悩って言われているからな。くだらないことを考えたら伝わるようになっているんじゃないか」

「私のプライバシーが!」

「じゃあ、くだらないことを言ってないで仕事に専念しろ」

「くだらないことじゃない!ジョバンニが言ったんじゃない。『仕事は工夫してやれ』って、だから私なりに工夫してやっているんじゃない」

「工夫の仕方が明後日の方向過ぎる!」

 恐らく大きな溜め息を吐いたと思われます。

 ちなみにさっきも言ったように私は右肩、兄は左肩にいるので、お互いの姿は見えません。声はテレパシーのように伝わってきます。と言いたくなるのですが、思いっきり右耳にインカムがついています。文明の利器。すばらしいです。

「私達って、全然有難くない神様だよね」

「そりゃ世界の人口がおよそ七十六億で、それ×二だからな。有難くもなんともないな」

 人間より多い神様。全く有難くない。むしろそれは神(自称)になるのでは。

「なんか特別な能力が欲しいですジョバンニ」

「その前に何故、俺達の名がそんなに外国人っぽいんだ」

 兄の恰好は青色の着物にカラス帽子。私の恰好は赤色の着物におかっぱ頭にシルクの頭巾。よく座敷童に間違われますが、違います。

 全長は二十㎝ほどで、皆対して変わりません。服装や髪形は微妙に違いますが皆和装。故に無個性なのです。学校の制服と一緒。

「だから、個性をつける為にあえて外国人っぽい名前にしているのよ。有難く思わないと」

「‥‥‥金髪碧眼の人が田中さんだったら、驚くだろう。後、単にお前が人に外国人の名前をつけるのが好きなだけだろう!」

 本当に、あーいえば、こーいう人の典型例みたいな兄です。

「私、怒られると益々やる気なくすタイプなんですけど」

「初めて聞いたよ。しかも怒ってないし」

 細かいこともごちゃごちゃ言う兄も嫌いです。

「というわけで私はやる気が出ません。何とかして下さい」

「何故、上から目線」

 ジョバンニはまたもや深い溜息をつく。レディーの前で、溜息をつくなんて、男の風上にも置けません。まぁ、目の前じゃないんですけどね。

「どうすればいいんだよ」

 みえないのを良いことに私の表情は悪戯を思いついた子供のようにニヤケています。ジョバンニのこういう素直なところ、好きですよ。

「じゃあ、私のことをアニーと呼んでください。お前とか、そんな呼ばれ方じゃやる気が出ません!」

 その言葉にインカムからどこか、苦痛なのか悩んでいるのか「~~~っう」という声が聞こえてきますが、いつものことなので、無視です。

 しばらくの沈黙の後。

「……アニー」

 と、とても小さい声で聞こえてきました。

「おや〜聞こえませんね。もっとはっきり、定期報告する時のような声量で」

「アニー!」

「え、いや、いや。妹のことをハニーだなんて、流石の私も挽くよ」

「妹評価ポイント、マイナス10」

「何、それ!」

 初めて聞きました。

「これを今度の報告会の時に出すことになっている」

 そんなの聞いていない!

というかなんで『妹評価ポイント』。聞く人によっていかがわしい限りのタイトルなんだけど。

「俺が考えた」

「……」

 シスコン、ここに極まり。

 あ、ちなみに言っておきますが、別にジョバンニと私は実の兄妹じゃありません。そもそも倶生神には親もいなければ、家族もありません。

「ちなみにその評価次第では?」

「休暇の減少、休憩の短縮化、給料の減額、ボーナス停止」

 最悪です。なんですかその凄く人間っぽい罰。

「私はサラリーマンじゃないです!」

 だって、お給料もらっていませんし。

「みたいなものだろう。さっきも言ったようにこれだけいたら神様も何もないのだから」

「所属会社は?」

「え?『閻魔伝株式会社(えんまでんかぶしきかいしゃ)』?」

 そんな胡散臭い会社の株はどこで。というか裁判しているのだから、どう考えても国の機関のはずなのに。私たちは国家公務員。つまり、偉い!

「……ちなみに今、何ポイント?」

「マイナス3」

「すでにマイナスゾーン!」

 これは駄目です。なら。

「過ぎたことは仕方ありません。今日を生きましょう」

 開きなおってやりましたよ。

「お前のそのポジティブシンキングだけは羨ましく思うよ」

「褒めても何もないですよ」

 閑話休題。

 といっても、やる気はおきません。

 天気は快晴。春のうららかな太陽の光はとても温かく、時々吹く風は心地よく、時には桜の花びらを運んでくれます。まぁ、私たちにとっては桜の花びらもなかなかでかくて、この前顔全体を覆われて、危うく死にかけましたよ。生きてないんですけどね。

今にも公園の芝生に大の字になって、寝っ転がって青い空に向かって、『自由だ~』と叫びたいさかりなのに。

「どうして、私はこんな冴えない男と一緒にいないといけないの」

「自分が憑りついている主人に向かってなんてことを言うんだよ。後、どんなさかりだ」

 ジョバンニは大きな溜息を吐き、まるで私をジト目で睨むように。

「お前、まさかまだ前のこと怒っているのか」

 まさかそんなことないよな。というニュアンスで聞いてきたその質問だとすぐにわかりましたが。

「なんで、許さないといけないの。あれはどうみても悪行よ。なのに、悪行じゃないっていうし、上からは怒られるし、こっちは真摯な気持ちでやったのに、恩を仇で返された感じ」

 プンプン怒る私をジョバンニは宥めるような口調で語りかけてくる。

「まぁ、とにかく。ちゃんと仕事しろ。このままだったらお前、本当に一番に呼び出されるぞ」

 あ、これ宥めるんじゃなくて、脅しだ。

 確かにキャサリンに呼び出されるのはごめんです。私、あの人苦手。

「仕方ない。やりますか」

「ここまで来るのにどれだけかかっているんだ」

 またもやジョバンニが頭を抱えているように思えますが、無視です。

「しかし、ビスがもうちょっと恰好良かったらな~」

 ビスとは私が憑いている人間のあだ名です。

 本名を森 優耐(もり ゆうた)と言います。思いっきり日本人の高校生で歳は十六歳です。良い子は良い子なのですけど、何処か冴えないし、どうも煮え切らない、見ていたらイラッとくるタイプです。もし、私が相手を選べるなら、会って数分で三行半をつけてやります。

 しかし選べないのが、悲しいところ。しかもどっちかというと憑いているのは私たち。

「十六年間付き合ってきて、今更な文句だな」

「しかも、いつも同じ服で髪ボサボサだし」

「制服なんだから当たり前だ。くせっ毛も仕方ない」

「育て方を間違えたかしら」

「お前は主人のお母さんか。くだらないことをしてないで仕事をしろ」

 そう言われてもまだやる気が出ない。やっぱり仕事は楽しくしないと。

 一つ咳払い。

「おっ!ビス選手の前方数メートルに空き缶!さてどうする!少しずつ空き缶に近づきます。一歩、また一歩、缶に近づき、そして、拾った!!!!!解説のジョバンニさん。これはプラス1ポイントですよね!」

「なんだ、その実況は」

「副音声では実況なしで、現場の雰囲気が楽しめます!」

「野球中継じゃない!普通にやれ、普通に」

 そう言いながらも、

「空き缶を拾うプラス1ポイント」

 と、小さな声で聞こえてきました。まったく可愛くないな〜

「それじゃ、私も」

 ビスが空き缶をゴミ箱に捨てました。

「くずかごに捨てる。プラス1ポイント」

「でも、中身が微妙に残ったまま捨てたので、マイナス1ポイント」

「……」

 七十ぐらいのおばあちゃんに声をかけられました。どうやら道を尋ねられたみたいです。

 ビスはつたない口調で、必死に教えています。お礼を言われて、ヘコヘコと頭を下げるのはビスの方。なんで?

「道を教えるプラス1ポイント」

「でも、その道遠回りだからマイナス1ポイント」

「……」

「あっ、右肩のゴミを払ったマイナス1ポイント」「悪行だけ、記録しろ!だから、いつも報告会の時つっこまれるんだよ!」

 突然の突っ込み。びっくりしました。耳に穴が開くところでした。

「記録は厳密にと、いつも兄さん言っているじゃない!」

「いきなり、兄呼ばわりなのは、引っかかるが、ああ、確かに言ったよ。でも、お前のはなんというかその……」

 何か言いたそうなのですが、何と言えばいいのか、苦難しているようです。一体なんだと言うのでしょうか。

 ビスの蹴った石が猫に当たりました。

「でも、私猫嫌いだから減点はなしと」

「完全にお前の私怨じゃないか!」

 インカムから聞こえてきた大声に私は耳を塞ぎます。

「兄さん、うるさい!」

 しかし私の訴えを聞いてくれません。

「いいか、悪いことでも、良いことでも、いつでも中立な立場で記録するのが俺達俱生神だ。お前は完全に自分の感性で記録しているじゃないか。ちなみに最後の発言は不喜処(ふきしょ)の獄卒からクレーム来るぞ」

 そんなこと言われても、私は中立につけているつもりなのに。

 ちなみに不喜処(ふきしょ)とは動物を虐待した者たちが落ちる地獄のことです。

「難しいのね~」

「何年俱生神やっているんだ。いい加減学べ」

 そう言ってインカムからジョバンニの溜息が聞こえます。さっきからため息ばかり。幸せが逃げるどころか、私にも不幸がつきそう。あ〜やだ。やだ。

「お前って、本当に俱生神らしくない奴だよな。お前だけだぞ。そんなに主人に感情移入する俱生神」

 そう言われましたが正直ピント来ません。

 確かに私はよく俱生神らしくないって言われます。

 他の俱生神は機械的に主人が行った善行、悪行を記録するだけのもので、私みたいに感情豊かに色々とする俱生神は稀です。稀有です。

 でも、私は私です。つまり、いくらそのことに苦言を呈されても中々治せません。

 そもそも私はこのシステム自体に苦言を呈したいのです。

 人の悪行ばかりを記録して、それを上に報告するだけなんて、完全にそれは粗探ししているみたいじゃないですか。それじゃ政治家と一緒です。

「私はもっと、広い視野で物事をみることが大事だと思うの。全てのことを悪行、善行のひとくくりにしないで。せっかく機械じゃないのが裁いているのだから、もっと人間っぽさを取り入れるべきよ。そうすることでもっと大切なことに私達はきっと気付く」

 決まりました。

 凄く良い事いいました。これはドヤ顔ものです。私の満ちたりた顔を見られないなんて、ジョバンニもさぞかし悲しい事でしょう。

「そういうことは、そういうことが発言出来る立場になってから言いなさい。あ、道を譲ったプラス1ポイント」

「……」

 私の渾身の一撃が、さらりと流されました。ひどいです。

 オヨオヨと泣く私を鬼畜兄はちっとも慰めてくれないで。

「さっさと仕事しろ」

 とか、そんな冷淡な言葉だけを投げかけてきます。なんだよ!仕事するのがそんなにえらいのかよ。

 若干やさぐれ気味の私でしたが、突如、ビスが急ブレーキをかけたので。

「わっ」

 思わず放りだされそうになりましたが、なんとか耐えました。危ないな。急ブレーキをかけるなら、急ブレーキをかけると言って欲しいものです。

「……」

 そんな私の言葉に誰も突っ込むことはないです。寂しい。

 ビスは顔を真っ赤にしながら硬直して、前方の角から現れた女の子をじっと見ています。

 私はその子を知っています。

 馬渡目 朱梨(まだらめ じゅり)。

 ビスの片思い相手で、ジュリエッタです。

 薄めの青っぽい、かき氷のシロップのブルーハワイのような色をした髪の毛は肩ぐらいまでしかないのですが、前髪も長く、目をほとんど覆い隠していて、見る人によっては少し不気味です。肌は血色と鎖国をしているのかと思うぐらいに白く、とても病弱。

 少し前まで近くの病院に入院していまして、ビスは何度もそこにお見舞いに行こうとしましたが、ヘタレを我のままに表した男なので、中々いけずに、結局病院の入り口までが限界で一度も病室まで辿り着けませんでした。せっかく私がジャパニーズ応援スタイル(学ランにハチマキ)で頑張って応援したのに、喉が枯れるまで頑張ったのに、このザマです。

 しかも私は「ラッパを鳴らす俱生神なんて聞いたことがない!」とおしかりを受けて「へたれなので、マイナス10ポイント」とつけたくなったのに「それは悪行じゃない」とジョバンニに突っ込まれて、散々でした。

 今日も硬直したまま動けそうにありません。優しい天使の私ならここでなにかしらの手助けはしてあげるべきなのでしょう。

 俱生神は人には見えませんが、物を動かしたり出来るので、きっかけぐらいは作ることは出来るのですが。

「もぅ、疲れた」

 仏の顔は三度、神の顔も十度までです。これでも十分譲歩しましたよ。私は褒められても良いぐらいです。

 相も変わらず硬直していて何も行動を起こせない我らの残念なご主人。

「……おはよう」

 なんとジュリエッタはそうつぶやき向こうから。近づいてきました。え?いつから話しかけられる関係に。どこでどうなった。絶対伏線回収してないでしょ。

 驚く私はそれでも冷静な瞳で、ジュリエッタをじっと観察します。今日の彼女は少し顔色が悪いので、体調はあまりすぐれないようです。いつも暗い顔をしているので、最初のうち見分けは全くつきませんでしたが、休み時間とかに彼女をリサーチしているうちに大体わかるようになりました。

主人よりも主人の好きな人のことがわかる俱生神ってどうなのですか。

「……ちょっと待って、これって凄く献身的なんじゃないの!ジョバンニ。妹ポイント、加算、加算」

「いや、そういうのは関係ないから」

「なんですと!」

「しかも、自分で献身的って言っている自体で、マイナスだろう」

 なんで。良い事やったら、それを誇れ、って言ってるじゃない。理不尽、理不尽。贔屓、贔屓。

「うっとうしいので、マイナス1ポイントだな」

「……ジョバンニも結構私的にポイントつけているよね」

 話を元に戻します。

 何故、話しかけられたのだろう。

 このヘタレ男は一度もジュリエッタに話しかけたことがない。

 故にほとんど他人だ。なのに、向こうから。何故。

 そんなことを考えているうちにジュリエッタは主人の目の前まで来て。

「森君だよね?」

 風でも吹けば吹き飛びそうな、小さな声でジュリエッタは話しかけてきました。しかしびっくりです。名前まで知っている。あ、でも正式名称はビスですので。

「あ、は、はい。森 優耐です」

 完全にテンパッテますよこの人。

 その様子に気づいていないか、ジュリエッタは表情一つ変えずに。

「よく病院に来ていたよね。病院行くのは嫌だろうけど、ちゃんと検査してもらわないと駄目だよ」

「……」

 今の言葉の意味を頭の中で整理して答えを出しました。

 つまり、要約すると。

①正面玄関前まででジュリエッタの病室に行けなかったご主人。

②それをジュリエッタに見られた。

③それを見たジュリエッタは、病院が恐くて、目の前まで行って引き返したように見えた。

思わず吹き出しそうになります。

インカムから笑いをこらえているジョバンニのうめき声が聞こえてきます。

 なんかこれでチャラになった気分です。

 もちろん我がご主人にここで『違う、君に逢いに行っていたんだ!』なんて言えるわけがなく、主人は真っ赤を通り過ぎて、顔を青ざめてほとんど気絶したように立っていました。

 そんな姿に全く気付いていないのか、ジュリエッタは表情一つ変えずに。

「じゃあ、また」

 と言って去って行きました。ちょっと、同じ高校なのだから一緒に行こうぐらいはいいなさいよ。

 しかし、主人は去って行く背中に手を伸ばすことも許されず、まるで宿敵に何かとんでもないことを告白され、絶望する主人公のようにその場にしゃがみこみ、頭を抱え。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 と、叫びました。

 気持ちはわからなくはないのですが俱生神はいつでも平等じゃないといけません。

「通行妨害、マイナス1ポイント(失笑)」

「お前、結構。いや、かなりひどいな」




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