第2話 憧れと倒錯
周囲に気配がないことを確認し、ドアの間に
「お疲れ様です」
ここまでは予定通りだった。
そう、ここまでは――。
「それで、どうでしたか?」
「ああ、私たちがここに居ると悟られないよう、幾つかの家に明かりを灯してきた。
「いえ、そういう意味ではなくて――」
我慢できず、リューダが口を
「分かっている――やはり村人は居なかったよ・・・一人もな」
「そんな・・・皆いったい何処へ・・・」
そう、半日歩き通してやっと着いた村には人影が全くなかったのだ。寝床だけでなく、装備や
雨で濡れたマントを掛けると、椅子に腰を下ろしながら話を続ける。
「村人全員が姿を
「そんなバカな!二百人近くはいたんですよ!?それがここ何日かで跡形もなく消えるなんて、有り得ませんよ・・・もしかしたら全員、別の場所に避難しているのかも!」
「落ち着け、リューダ捜査官」
興奮したリューダをなだめ、「まぁ、座れ」と椅子を勧める。彼は憮然とした表情でドカッと椅子に腰を下ろした。
「マルコーさん。疑問だったのですが――、なぜこんな島に人が暮らしているんですか?目と鼻の先に魔王がいて、常に命の危険があるんですよ?」
「この島は本土の一部でな。元々少数だが、村人は住んでいたんだ。それが魔王――、
「それは、存じています。逃げる
「地政学的な理由だ。この島は戦略的拠点になり難いし、資源も出ない。海流の
そんな王国にとって、名誉と引き換えに魔王討伐を引き受けてくれる勇者は正に、渡りに船だった。
「じゃあ、この村の人たちは・・・」
「ああ、見捨てられたんだよ。王国の後ろ盾が無ければ魔王にとって彼等は家畜だ。生かさず殺さず、牛馬の様に使われていただろうな。家畜に移動の自由は無いから、自主的に避難したとも考えられない」
「そんな・・・」
「人が二百人消えたなら、事件だ。だが、家畜が二百頭消える理由なら、色々と考えつくだろう?つまりは―――そういうことさ」
椅子に座り塞ぎ込むリューダを横目に見ながら、懐からスキットルを取り出し流し込む。焼ける様な熱さが喉に広がる。前回の任務地で手に入れた上物の
「飲むか?魔力の源だぞ?」
リューダは下を向いたまま、差し出した酒には目もくれない。
「まだ消されたと決まったわけじゃない。仮に何かあったとしても、我々に責任はないさ。しかし、リューダ捜査官。君は今時、珍しい
「・・・・・僕、本当は勇者になりたかったんです・・・」
冗談のつもりで放った言葉への返答に驚き、思わず口に含んだ酒を吹き出しそうになる。同時に、振る話と相手を間違えたことを後悔した。
「でも、どうしても両親に許してもらえなくて・・・『ちゃんとした職業に就け』って・・・それで、せめて勇者
面倒な話になってきた。一見、従順な若者だと思っていたが、
「でも、やっぱり両親は間違ってた。協会じゃ民間人を救うことなんてできやしない。勇者の様な存在が絶対、必要なんだ」
呟く様に話すリューダにどう応えるべきか多少迷ったが、下手に話を合わせてもさらに面倒になると考え、
「いや、勇者なんて
「・・・どういうことですか?」
「そのままの意味だ。巷じゃ<正義の味方>なんてもてはやされているが、やってることは
「それはッ・・・確かにそんな輩もいるかもしれません。でも、世の為、人の為に懸命に戦っている勇者だっているじゃないですか!」
「それは結果論だ。中身は同じさ。暴力と魔力しか能のない、野蛮人の集まりだよ」
「それは偏見です!」
心の拠り所である
「それに、どうしてあなたにそんなことが分かるんですか!?」
彼の質問に小さく一呼吸置き、私は静かに応えた。
「――分かるさ。私も過去に勇者
「えっ?」
「私は落ちぶれ貴族の出でね。両親は何としても国の要職に就けたがった。しかし、それが嫌で家を飛び出したんだ。もう二十年以上も前、今の君と同じ位の
「・・・」
「その
「・・・どうして、その
「・・・勇者とはいえ人間だ。自分が一番可愛いし、自分の欲望を満たすためなら何でもする。それを目の当たりにしたら、冷めてな。こんな奴等に付き合うのは人生の
「でも――、それは、その
「これ以上の議論は無意味だな。私の話を信じるも信じないも、君の自由だ」
言葉を遮りそう言い放つと、残った酒を一気にあおる。
「ただ、忠告はする。もし出世を考えているなら、必要以上、勇者には関わるな。協会の上層部は勇者を良く思っていないからな。査定に響く。この歳になっても上級捜査官になれない元・勇者
「・・・」
「少し仮眠をとるよ。見張りの交代は五時間後。異変があったらどんな些細なことでも私に知らせるように」
それだけ言うと、「分かりました」という言葉を待たず、隣の部屋のベッドに倒れ込む。カビ臭さが鼻腔いっぱいに広がる。屋根とベッドがあるだけマシとはいえ酷い環境だ。少し雨漏りもしている。リューダではないが、劣悪な環境に追い込められていた村人たちに同情せざるを得ない。
半日歩き通しの上、酒も入っていたため、直ぐに夢の中に行けると思っていたが甘かった。目が冴えて全く眠れない。
「違うだろ、ガイ捜査官――」。頭の中で、私の声が私に語りかけてくる。
ああ、そうだ――、違う。新人捜査官の前で格好付けただけだ。
離脱したのも、勇者
私は
自分の正義にそぐわなければ、女・子どもも笑いながら
倒すだけでは飽き足らず、
稽古と称し、捕らえた敵を死ぬまでいたぶり続ける
<神のご加護>を掲げ、貧困層や病人に付け込み、金を
悪行の証拠隠滅のため、全てを容赦なく焼き払う魔術師――。
私はあの
<修行>という名目で、
ちくしょう。
何故、こんな夜に限って思い出したくもないことを思い出すんだ・・・
私を
過去への不安など消え去ったはずだった。それでも昔を思い出すのは、<流星の勇者>の経歴や
そう自分に言い聞かせ、ベッドに潜り込む。
しかし――、あぁ、駄目だ――。
奴等を記憶の隅に追いやっても、目を
私をじっと凝視する、双方の瞳。その眼は、怖れの色に染まっている。
誰の視線かも、どこで遭ったのかも、もう覚えていない。
ただその瞳が二十年経った今でも、私を地獄に捕らえて離さないのだった。
[全4話][本格幻想ホラー] 孤島の魔王の祭壇にて――或いは<地獄>は何処から生じるのか 朝倉 慶喜 @keyki
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