第2話 憧れと倒錯



 周囲に気配がないことを確認し、ドアの間にからだを滑り込ませる。今にも倒壊しそうな木造の家には、リューダが不安な顔を浮かべながら私を待っていた。


「お疲れ様です」


 ねぎらいいの言葉に頷いて応えるともう一度、周囲を確認しドアにかんぬきをかける。突然の雨に見舞われたものの、夕方には中間地点であるこの村に到着することができていた。


 ここまでは予定通りだった。


 そう、ここまでは――。


「それで、どうでしたか?」


「ああ、私たちがここに居ると悟られないよう、幾つかの家に明かりを灯してきた。魔獣モンスターに襲撃されても、多少は時間が稼げるだろう。それに――」


「いえ、そういう意味ではなくて――」


 我慢できず、リューダが口をはさんでくる。私は彼に向き直ると村を探索して得た情報を伝えた。


「分かっている――やはり村人は居なかったよ・・・一人もな」


「そんな・・・皆いったい何処へ・・・」


 そう、半日歩き通してやっと着いた村には人影が全くなかったのだ。寝床だけでなく、装備や魔術道具マジック・アイテムの補充もできるかもしれない、と期待していただけに、我々の驚きと落胆は大きかった。


 雨で濡れたマントを掛けると、椅子に腰を下ろしながら話を続ける。


「村人全員が姿をくらますなんて、そんなに珍しいことじゃない。こんな小さい島の小さい村なら尚更、な」


「そんなバカな!二百人近くはいたんですよ!?それがここ何日かで跡形もなく消えるなんて、有り得ませんよ・・・もしかしたら全員、別の場所に避難しているのかも!」


「落ち着け、リューダ捜査官」


 興奮したリューダをなだめ、「まぁ、座れ」と椅子を勧める。彼は憮然とした表情でドカッと椅子に腰を下ろした。


「マルコーさん。疑問だったのですが――、なぜこんな島に人が暮らしているんですか?目と鼻の先に魔王がいて、常に命の危険があるんですよ?」


「この島は本土の一部でな。元々少数だが、村人は住んでいたんだ。それが魔王――、大衆メディアには<仮面の魔王>なんて呼ばれていたな。そいつに占領されたのさ」


「それは、存じています。逃げる機会チャンスも無く、彼等は島に残留せざるを得なかった。私がお聞きしているのは何故、本土が助けを寄越さないのか、ということです」


「地政学的な理由だ。この島は戦略的拠点になり難いし、資源も出ない。海流の影響せいで海産物も捕りにくい。兵を動かして助けるメリットが無かったんだろう」


 そんな王国にとって、名誉と引き換えに魔王討伐を引き受けてくれる勇者は正に、渡りに船だった。


「じゃあ、この村の人たちは・・・」


「ああ、見捨てられたんだよ。王国の後ろ盾が無ければ魔王にとって彼等はだ。生かさず殺さず、牛馬の様に使われていただろうな。に移動の自由は無いから、自主的に避難したとも考えられない」


「そんな・・・」


「人が二百人消えたなら、事件だ。だが、が二百頭消える理由なら、色々と考えつくだろう?つまりは―――そういうことさ」


 椅子に座り塞ぎ込むリューダを横目に見ながら、懐からスキットルを取り出し流し込む。焼ける様な熱さが喉に広がる。前回の任務地で手に入れた上物の蒸留酒じょうりゅうしゅだ。


「飲むか?魔力の源だぞ?」


 リューダは下を向いたまま、差し出した酒には目もくれない。


「まだ消されたと決まったわけじゃない。仮に何かあったとしても、我々に責任はないさ。しかし、リューダ捜査官。君は今時、珍しい正義漢せいぎかんだな。捜査官にしておくのは惜しい。勇者の方が向いているんじゃないか?」


「・・・・・僕、本当は勇者になりたかったんです・・・」


冗談のつもりで放った言葉への返答に驚き、思わず口に含んだ酒を吹き出しそうになる。同時に、振る話と相手を間違えたことを後悔した。


「でも、どうしても両親に許してもらえなくて・・・『ちゃんとした職業に就け』って・・・それで、せめて勇者一行パーティをサポートしたくて、協会に入会はいったんです」


 面倒な話になってきた。一見、従順な若者だと思っていたが、はらの中ではそんなことを考えていたとは・・・ここに来る道中、お互い緊張していたせいか、必要最低限の情報交換のみだった。相手の趣向を知り合う機会は皆無だったのだ。


「でも、やっぱり両親は間違ってた。協会じゃ民間人を救うことなんてできやしない。勇者の様な存在が絶対、必要なんだ」


 呟く様に話すリューダにどう応えるべきか多少迷ったが、下手に話を合わせてもさらに面倒になると考え、忌憚きたんない意見を述べることにした。


「いや、勇者なんてろくなもんじゃない、ならなくて正解だ。君のご両親が正しいと、私は思うがね。」


「・・・どういうことですか?」


「そのままの意味だ。巷じゃ<正義の味方>なんてもてはやされているが、やってることは蛮族ヴァルバロイ盗人シーフと変わらん。強襲おそい、殺し、奪う――それ奴らの全てさ」


「それはッ・・・確かにそんな輩もいるかもしれません。でも、世の為、人の為に懸命に戦っている勇者だっているじゃないですか!」


「それは結果論だ。中身は同じさ。暴力と魔力しか能のない、野蛮人の集まりだよ」


「それは偏見です!」


 心の拠り所である勇者モノを馬鹿にされたリューダは抗議の声を上げると、勢いよく椅子から立ち上がる。


「それに、どうしてあなたにそんなことが分かるんですか!?」


 彼の質問に小さく一呼吸置き、私は静かに応えた。


「――分かるさ。私も過去に勇者一行パーティにいたからな」


「えっ?」


「私は落ちぶれ貴族の出でね。両親は何としても国の要職に就けたがった。しかし、それが嫌で家を飛び出したんだ。もう二十年以上も前、今の君と同じ位の年齢としだったと思う。世間知らずの小僧が辿り着いたのが、勇者御一行様だった、という話さ」


「・・・」


「その一行パーティの魔術士として三年程、行動を共にした。でも結局、親父殿に泣きついて家に戻らせて貰った。その後、今の仕事に就いたんだ」


「・・・どうして、その一行パーティを離脱したんですか?」


「・・・勇者とはいえ人間だ。自分が一番可愛いし、自分の欲望を満たすためなら何でもする。それを目の当たりにしたら、冷めてな。こんな奴等に付き合うのは人生の浪費ムダ――、そう思ったのさ」


「でも――、それは、その一行パーティがたまたまそうだっただけで――」


「これ以上の議論は無意味だな。私の話を信じるも信じないも、君の自由だ」


 言葉を遮りそう言い放つと、残った酒を一気にあおる。


「ただ、忠告はする。もし出世を考えているなら、必要以上、勇者には関わるな。協会の上層部は勇者を良く思っていないからな。査定に響く。この歳になっても上級捜査官になれない元・勇者一行パーティの私が良い例さ」


「・・・」


「少し仮眠をとるよ。見張りの交代は五時間後。異変があったらどんな些細なことでも私に知らせるように」


 それだけ言うと、「分かりました」という言葉を待たず、隣の部屋のベッドに倒れ込む。カビ臭さが鼻腔いっぱいに広がる。屋根とベッドがあるだけマシとはいえ酷い環境だ。少し雨漏りもしている。リューダではないが、劣悪な環境に追い込められていた村人たちに同情せざるを得ない。


 半日歩き通しの上、酒も入っていたため、直ぐに夢の中に行けると思っていたが甘かった。目が冴えて全く眠れない。


 「違うだろ、ガイ捜査官――」。頭の中で、私の声が私に語りかけてくる。


 ああ、そうだ――、違う。新人捜査官の前で格好付けただけだ。


 離脱したのも、勇者一行パーティに幻滅したからなんかではない。


 私はおそれた。奴等がたまらなく恐ろしかった。恐怖だった。


 自分の正義にそぐわなければ、女・子どもも笑いながら殺戮さつりくする勇者――。


 倒すだけでは飽き足らず、魔獣モンスターの血肉を貪る戦士――。


 と称し、捕らえた敵を死ぬまでいたぶり続ける武道家モンク――。


 <神のご加護>を掲げ、貧困層や病人に付け込み、金をむしり取る僧侶――。


 悪行の証拠隠滅のため、を容赦なく焼き払う魔術師――。


 私はあの一行パーティの魔術士などではなかった。私は、奴等のだったのだ。しもべとなって働き、満足いく仕事ができなければ――いや、奴等の虫の居所が悪ければ、激しい折檻を受けた。何度も慰み者にもされた。


 <修行>という名目で、小鬼ゴブリンや獣の巣に放り込まれたこともある。必死に抵抗する私をさかなに奴等は酒を呑み嗤っていた。<宴>は奴等が飽きるまで終わることはない。絶命しても僧侶の復活リザレクションで生き返ってはまた死んで、を繰り返した。そこは、<地獄>と呼ぶのに相応しい、階層ヒエラルキーの底辺だった。


 ちくしょう。


 何故、こんな夜に限って思い出したくもないことを思い出すんだ・・・


 私をしいたげていた勇者一行パーティは、とうの昔に滅びた。あの頃の私の惨めさを知る者はもう、この世にいない。


 精神障害トラウマによる発作を抑えるために記憶メモリ手術だって受けた。少し、術の効果が落ちているが、本土に戻って再手術を受ければ元に戻るはずだ。


 過去への不安など消え去ったはずだった。それでも昔を思い出すのは、<流星の勇者>の経歴や一行パーティ構成が、私がいた一行パーティと奇遇にも同じだからに過ぎない。


 そう自分に言い聞かせ、ベッドに潜り込む。


 しかし――、あぁ、駄目だ――。


 奴等を記憶の隅に追いやっても、目をつぶるとまぶたの裏に現れる。

 

 私をじっと凝視する、双方の瞳。その眼は、怖れの色に染まっている。


 誰の視線かも、どこで遭ったのかも、もう覚えていない。


 ただその瞳が二十年経った今でも、私を地獄に捕らえて離さないのだった。


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[全4話][本格幻想ホラー] 孤島の魔王の祭壇にて――或いは<地獄>は何処から生じるのか 朝倉 慶喜 @keyki

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