[全4話][本格幻想ホラー] 孤島の魔王の祭壇にて――或いは<地獄>は何処から生じるのか

朝倉 慶喜

第1話 不安との出発


 魔術による空間圧縮瞬間転移テレポートを終え、光源エンドポイントから一人の男が現れた。


 少々間を置き、出てきた男に「リューダ初等調査官だな?」と尋ねる。


「はいッ! リューダ・ガーシュタインと申します!」


 声に張りがあり、瞳には魔力が満ちている。年齢としは二十歳を少し過ぎたくらいか。とうに四十を過ぎた自分とは、まるで別の生き物だ。


「ご苦労――ガイ・マルコー中等調査官だ。急な任務への参加、感謝する」


 形式的な挨拶を終えゴホン、と咳ばらいをすると早々に任務の話に入る。


「早速で悪いが、リューダ捜査官。今回の任務についてどこまで知らされている?」


「実は、詳しいことは、あまり・・・。三日ほど前、この島を不法占領している魔王の討伐に勇者一行パーティが向かったと伺いました。ただ、それ以降、彼等から全く連絡がない、と・・・」


 「――そうだ」と短く答えると、私は空を見上げる。晴れ渡った青空には翼竜ワイバーンどころか、海鳥の一羽もんでいない。


「妙なのは、魔王側からも反応がないことだ。勇者一行パーティを返り討ちにしたなら、それこそ大衆メディアに向けて自分の手柄を発信するはずだからな」


「・・・」


「今回の我々の任務は、音信不通になった勇者殿御一行の探索と島の現状調査にある。もし、彼等がたおされたのであれば、本土に緊急で報告する必要がある」


たおされたって、まさか・・・あの<流星の勇者>一行ですよ・・・」


 先程まで精悍だったリューダの顔に動揺が広がる。それも無理はない。<流星の勇者>は、今や下町の裏路地に巣食う魔獣鼠ドブラットより数が多いと言われる、自称・勇者達とは一線を画す一行パーティである。


 勇者、戦士、武道家モンク、僧侶、魔術士から成るバランス良く構成された五人組の彼等は、結成から日が浅いにも関わらず、大物魔王を打ち倒す番狂わせを重ね、その知名度を上げた。


 昨年、王国で実施された投票でも、新人ルーキーでありながら古参を抑え上位に食い込む人気ぶりである。名実共に、次世代を背負って立つ期待の一行パーティであることは間違いなかった。


 そんな彼等が、こんな辺鄙な孤島を根城にする名も力も皆無といって良い田舎魔王にたおされた、などということはあり得ないし、あってはならないことなのだ。


「可能性を述べただけだ、リューダ捜査官。余計な先入観を持つな。それを確かめるのが我々の任務だ」


「りょ、了解しました!」


 リューダは一瞬頭をよぎった不安を打ち消し、再び、任務を背負った男の顔に戻る。


 それでいい――、と心の中で呟く。 


 私とリューダが所属している<フレア協会>――通称、協会は勇者達の格付けを行う機関である。


 設立の発端になったのは増えすぎた自称・勇者達の存在だ。奴等は好き勝手にでっち上げた己の武勇を語り、我が物顔で王国を闊歩した。大衆メディアもそれを面白がって焚きつけたものだから、同じ穴の狢同士で手柄争いが頻発しはじめた。取るに足らないはずだった小競り合いは次第に、一般人まで巻き込んだ暴動となり、収拾がつかない事態に発展した。


 この事態を重く見た王国は、その解決策として教会を設立したのだ。当初、協会は一行パーティ間の諍いを無くすことを目的に、勇者達に公平・公正な評価を下し格付けする、という役割が当てがわれた。しかし、如何せん急ごしらえの組織である。今では、勇者の人気投票の実施から暴挙ゴシップの揉み消しと、何でも屋に成り下がっていた。


 行方不明になった勇者の捜索など、誰がやるべきか分からないからこそ、協会にお鉢が回ってきたのであろう。いつものこととは言え、王国の圧力に屈し、盲目的に仕事を受ける協会の姿勢には疑問を感じざるを得ない。


 それに加え昨今、協会は深刻な人材不足に悩まされていた。


 私もリューダもスキルや適性を見込まれ本件に投入された訳ではないだろう。単純に、『一番近くにいたから』選ばれたに決まっている。


 基準に照らし合わせれば、今回の捜査は間違いなくB+ランク以上の危険を伴う任務である。それにも関わらず、たった二名、しかも上等捜査官を寄越さないのは正気の沙汰とは思えない。裏を返せばそれができない程、協会の人手不足は深刻なのだ。


 とはいえ、そんな愚痴は言っていられない。士気が下がるだけだし、そもそも目の前にいるのは、仕事に就いて日が浅い初等捜査官である。私が彼を主導リードして、この任務を完遂させなければいけない。


「リューダ捜査官、時間が惜しい。詳細な情報共有は歩きながらにしよう。あれが見えるか?」


私は島の中心の小高い山の上にある建物を指す。


「はい、あそこが目的の魔王城ですね」


「そうだ。今我々はこの島の入り口である入江にいる。君が転移して来る前に計算しておいたのだが、ここからあの城まで歩いて丸一日はかかる」


「えッ!そんなにかかるのですか!?」


「ああ――もう正午を過ぎているから今日中に着くのは難しいだろう。途中、人が住む村があるから今夜はそこに泊まる。城への突入は明日の午後になるだろう」


<突入>という言葉を聞いた途端、リューダの緊張感が一気に高まるのを感じた。


「大丈夫なのでしょうか・・・その・・・我々だけで・・・」


「神のご加護を祈るばかりだな。先ずは城に到着することだけに集中しろ。道中、魔獣モンスターと遭遇するかもしれんからな。気を抜かず、いつでも戦闘できる準備をしておけ」


「・・・はい」


 魔術を主体とした戦闘訓練を受けているとはいえ、私も彼も戦いの専門家プロフェッショナルではない。凶暴な敵に遭遇したら、今度は自分たちが行方不明者のリストに加わることになるかもしれないのだ。


「では、行くぞ」


 虚勢を張り、先頭を歩き始めはしたが、私の足取りは鉛の様に重かった。


 今回は何かが違う。何かが――、何かが変だ。


 言葉にならない不安が、雨でぬれた衣服の様にべったりと背中に張り付いてくる。まるで、幽霊族ゴーストに体を乗っ取られた時の感覚にそっくりだった。


 捜査官としての長年の経験と第六感が、頭の中でけたたましく警告サイレンを発していた。


 魔王城あそこには往くな、と――。


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