第2話 俺氏、家凸される

 放課後。

 それは学生にとって自由を謳歌できる、素晴らしい時間である。

 ある学生は部活動に情熱を捧げ。ある学生は友人と遊び、楽しい時間を共有する。ある学生は労働に身を捧げ、自らお金を稼ぐ。


 篝火貴にとっても放課後とは労働の時間であり、普段ならば学校が終われば速攻でアルバイト先である居酒屋『どんちゃんや』に向かっていたことだろう。


 しかし、今日の俺は学校が終わって直ぐに家へと帰っていた。

 その姿は到底、青春を謳歌する高校生ではなく、仕事を探し彷徨い続ける無職のようだろう。


「これは大学生限定……こっちは昼間限定……これは深夜……」


 行儀が悪いと分かっていながらも俺は学校から家への帰路を歩きながら、一つの雑誌を熱心に読み込む。


 その雑誌とは───


「……いい求人が無いッ!!」


 ───求人誌である。


 昨日、居酒屋のアルバイトをクビになった俺は直ぐに新しい働き口を探していた。


 なぜ学生の俺がこんな血眼になって求人誌を読み漁っているのか?

 その理由は至極単純だ。

 一言で言ってしまえば俺の家は超がつくほど『貧乏』なのである。


 篝家は所謂『大家族』に当てはまる。その家族構成は父、母、長男(俺)、次男、三男、長女、次女のなんと7人家族。


 両親は共働きで、借金こそ無いが稼ぎは少なく。下の弟妹達はまだまだ食べ盛りで育ち盛り、色々と金がかかる年頃だ。その為、家計は常に火の車状態。アルバイトの俺の稼ぎも頼りにしなければならない状態なのだ。


 故に俺のクビはとても大ピンチであった。

 今月分の給料はまだこれから振り込まれる予定なので、すぐにどうこうなる訳ではないが長期的に見れば家計の危機。直ぐにでも新しいアルバイトを探す必要があった。


 それ故の、学生が熱心に読み込むには少し変な求人誌である。

 とにかく俺は今すぐ新しいアルバイトを見つけたかった。


「はあ……」


 しかし現実とは非情である。

 今俺が見ている求人誌の募集要項は全て高校生である俺には条件が当てはまらなかったり、厳しい条件ばかりなのだ。


 本当は求人誌なんて言う狭いモノでアルバイトを探すのではなく、ネットで探せばバイトの求人なんて腐るほどあるのは重々承知である。


 だが俺にはネットで調べ物をする手段がないのだ。今どき学生でも当たり前のように持っているスマートフォンやパソコンを俺は一つも持っていない。

 理由は簡単、貧乏だからだ。


 インターネットで調べ物をするとなれば近くの図書館や学校の物を使わせてもらう必要がある。

 だが、今日はとある理由で家に早く帰らなくては行けなかった。その為、調べ物をしに行く時間が無く。こうして帰り道に代案として求人誌を読んいた。


 藁にも縋る気持ちで買った求人誌だったが、結果は惨敗。この結果に次第にふつふつと怒りが湧いてくる。


「ふざけんなってんだ!」


 勢いあまり両手で求人誌をグシャグシャに破る。


 突然の俺の奇行に、周りにいた学生やサラリーマンは驚いたり、気持ち悪がったりと様々な反応を見せてくる。


 そんな冷たい反応を向けてられて冷静さを取り戻す。

 せっかく少ない小遣いで買った求人誌をボロボロに破いて、今更後悔の念に駆られる。


「はあ……」


 俺はもう復元不可能な求人誌を見て嘆息した。


 本当に踏んだり蹴ったりである。

 珍しくこんなに陽が高い時間に帰宅しているというのに全く気分が上がらない。それどころ盛り下がる一方だ。


「……」


 不安が募るばかりである。

 少ないながら蓄えはあった、来月の給料も入る。だが、それでも雀の涙程度で使えば一瞬で吹き飛んでしまう。


 両親は俺がバイトをクビになったことを聞いて、「気にするな」「ゆっくり次のアルバイトを探せばいい」と言ってはくれたが、あまり働かない期間を作りたくはなかった。


 今でさえ過労死してしまうのではと思ってしまうほど無理をして働いてくれている両親に、少しでも楽をさせてやりたかった。


「遅くても一週間以内には再就職をする必要があるな……」


 とりあえず希望的観測であるが目標を立てる。


 こうなってしまったからには死ぬ気でやるしかない。うだうだ考えて、変に弟妹達に心配をかけるのは本望ではない。


「ここが踏ん張りどころだ!」


 思いっきり両頬を叩いて気合を入れる。


 そうこうしているうちに、いつの間にか家までたどり着く。


 普通の住宅街にある、異様に年季の入ったボロい一軒家。

 築50年。家賃は3LDKでなんと破格の5万円。しかし、こんな条件でも渋ってしまうほどボロボロで、幽霊が出てきてもおかしくない見た目をしている。

 そこが俺の家だった。


 家の中からは何やら子供の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 外からでも丸聞こえな声に、この家がどれだけボロいかわかって頂けることだろう。


「またあいつら騒ぎやがって……ご近所迷惑だろうが……」


 呆れながらカバンから鍵を取り出して家の中に入ろうとする。

 しかし既に扉の鍵は空いており、俺はさらに呆れた。


 いつも家の鍵は閉めとけとあれほど口を酸っぱくして言い聞かせていたというのに、あのガキたちと来れば……今日こそはしっかりとあのちびっこどもにセキュリティの重要性を教え込む必要があるようだ。


「ふう……」


 ひとつ深呼吸を入れて、いざ中に入ろうと意気込む。


 瞬間、背後から誰かに声をかけられた。


「あの……少しよろしいでしょうか?」


「え?」


 なんとも平坦で抑揚のない声。しかし、それを加味してもその声は鈴の音のようによく通り綺麗だった。


「っ!?」


 声のした方へと反射的に振り返ると俺は息を飲む。


 そこに居たのは一言で言えば美少女であった。


 白い柔肌に白銀の長髪、高く整った鼻筋と均整のとれた顔立ち。スラリと伸びた手足、スタイルは日本人離れしている。俺と同じ高校の制服を着ており、その少女は綺麗な蒼色の瞳でこちらをじっと見ていた。

 まさに絶世の美少女。そして俺はこの少女を知っていた。


 学校の超有名人、名前を氷室ひむろ雪菜せつな


 文武両道、才色兼備、眉目秀麗、

 世界的に有名な一流企業〈氷室コーポレーション〉のご令嬢。しかも祖父が学校の理事長をしている。つまり、金持ちのお嬢様って訳だ。


 なぜ氷室雪菜が我がボロ屋の前にいるのか?

 頭の中は理解出来ずに困惑するが、このまま何も喋らないのは気まずいので無理やり口を開く。


「えっ、あー……っとなにか御用でしょうか?」


「篝火貴さんですね?」


「あ、はい。俺が篝火貴ですけど……?」


 表情一つ変えずに質問され、俺は頷くことしか出来ない。


 なんとも言葉で言い表せないオーラがある。これが金持ちの風格と言うやつだろうか? もうなんかこうして面と向かってるだけで恐縮してしまう。


 ていうかなんで俺の名前なんか知ってるんだ? 俺と彼女は学年は同じだが、話したことは1度もないし。俺は向こうと違って何の変哲もないただの貧乏学生だ。いったいどういうことだ?


「急な訪問で申し訳ないのですが、私、先日のお礼をするために本日は尋ねさせてもらいました」


「お礼? 先日? 一体なんの話しで……」


「こちらお礼の品です。どうぞお受け取りください」


「あ、これはご丁寧にどうも……」


 全く訳の分からない状況に困惑していると、さらに氷室雪菜は訳の分からないことを言う。

 丁寧に菓子折りなんかも持ってきて、その本気具合が伝わってくる。

 こんな高そうなお菓子初めて見た。


 しかし、こちらとしては全く身に覚えのない話であった。

 俺は彼女を助けた記憶など微塵もないし、何の話かさっぱりだ。誰かと人違いをしているのではないか?


「……」


「……」


 そうは思っても口には出せず、少し沈黙の時間が訪れる。


 ……え? こっからまだなんかあんの? 全くわけわかんないけどそっちはお礼したんだから終わりじゃないの? それともなんかまだ言うことあんの?


 別嬪さんに見つめられるというのはなんとも居心地が悪いもんだ。こっちが一方的に見てる分には目の保養になってとても良いが、こんな貧乏な男を見たところで面白くもなんともないだろう。


 何となく気恥ずかしくなって氷室雪菜から目を逸らして、気まずい時間を過ごしていると、我慢の限界が来る。


「えっと……とりあえず立ちっぱなしもなんなんでお茶でも飲んできます?」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 俺の提案に氷室雪菜は顔色ひとつ変えずに頷く。


 そうして何故か、俺は学校一の美少女を家に招き入れることになった。

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