第3話 俺氏、理由を問い質す

「そ、粗茶です……」


「ありがとうございます」


 もう何十年も現役で活躍してくれている歴戦のちゃぶ台の上に、我が家で1番お高い湯呑を置く。


 ウチに客間なんて大層な部屋はないので、我が家でいちばん広い部屋である茶の間へと氷室雪菜を通した。


「……」


「……」


 氷室さんは差し出された湯呑を手に取ると綺麗な所作で俺の入れた茶を啜る。


 ……どういう状況だよコレ?

 学校一の美少女で、一流企業のお嬢様、しかも通ってる学校の理事長の孫娘がなんで俺の家にいる?


 改めて考えても全く意味がわからん。

 というか、流れで家に招いてしまったことを俺は今とても後悔している。


 もう何年も張り替えてられていない畳の上に、毛玉が付いたボロボロの座布団を敷いてその上に綺麗な正座した氷室さんがいる。


 もうね、アンバランス感が半端じゃない。美人は何処にいても映えるとよく言うがそんなことは無い。我が家のボロさでは氷室雪菜の世界をぶち壊しだ。


 なんだかこんなお粗末な家に招いてしまって申し訳なさがドバドバと込み上げてくる。


「女だ……」


「お姫様みたーい」


「兄ちゃんの彼女?」


 加えて野次馬(弟たち)がとてもうるさい。

「お客さんが来たから静かにしてろ」と別の部屋に行くように言ったのだが、好奇心旺盛な年頃の奴らには無理な話であった。


 知らない人、しかもそれが超綺麗な女の子だったら尚更だろう。こっそりと覗き見ているつもりだろうが、話し声は大きいし、気配も完全に消しきれていない。


「あいつら……」


 もうね、恥ずかしいから止めてくれ。見てるのは百歩譲って許すから静かにしててくれ……。

 幸い、氷室さんは外野を全く気にした様子はないので助かった。


「えっと……それで氷室さん。改めて、今日はどのようなご用向きでしたか?」


「はい。今日は篝火貴さんに先日のお礼をしに参りました」


 深呼吸をして改めて質問をしてみるが、返ってきた答えは先程と全く同じだった。


「その……俺、氷室さんに何か感謝されるようなことしましたっけ? こういうのもなんですけど、俺と氷室さんってちゃんと話すの今日が初めてですよね? 誰かと勘違いしてるのでは?」


「勘違いではありません。私は篝火貴さんに確かに助けられました…………覚えておられませんか?」


 少し表情を曇らせてしゅんとする氷室さんに、こちらの精神がゴリゴリと削られる。


 その表情はやめてください。悪いことをしていないはずなのに、その顔をされると罪悪感で押しつぶされそうです。


「申し訳ないんですけど、全く身に覚えがないというか……先日って具体的に氷室さんは俺にいつ助けられたんですか?」


「昨日です」


「昨日!?」


 仮に俺が彼女を助けたとして、それは一体いつなのか? 具体的な日にちを尋ねてみると予想外な返答を氷室さんはする。


 いや、昨日って別に俺なにもしてないよ。本当に氷室さんを助けた覚えがないのだが?

 昨日はいつも通り学校終わりにバイトに行って、いつも通り働こうと思ったらクビを通告されて、無職になって、無意味に繁華街を徘徊してただけなんですけど─────


「……あ」


「思い出されましたか?」


 ────昨日の出来事を振り返っていると一つ思い当たる。

 もしかしてアレか?


「あの……もしかして昨日、大学生にナンパされてたのって────」


「はい、私です」


「あーーー」


 そして今のやり取りで疑念から確信に変わる。


 つまりはこういうことだ。

 昨日の繁華街で助けた同じ高校の女の子が氷室雪菜さんその人だったということだ。最後まで顔がよく見えなくて、同じ高校とだけしか分からなかったが、まさか助けた女の子がこんないいとこのお嬢様だったとは……世間って狭いね。


「つまりお礼っていうのは……」


「昨日のお礼です」


「なるほど……」


 全て腑に落ちた。バラバラになっていたパズルのピースが全てカチッとハマった気持ちよさだ。

 いや、それにしても律儀だな。わざわざ手土産を持ってきて家を訪れてくるとは……やはり育ちが良いとそこら辺もしっかりしているものなのだろうか?


 なんてアホなことを考えていると目の前の氷室さんは姿勢を正すと、綺麗に頭を下げた。


「改めまして、昨日は助けていただき誠にありがとうございました」


「いえいえ! 滅相もございません! 逆にこんなお礼の品を貰ってしまって……お気遣いありがとうございます」


 その無駄のない所作と、学校一の美少女にお礼を言われるという状況に恐縮してしまい、こちらも何故か頭を下げてしまう。

 ダメだ。どうしても氷室雪菜が家にいるという状況が落ち着かなさすぎて変な反応しかできない。


 そのまま30秒ほど互いに頭を下げあうという異様な絵面が茶の間に出来上がる。


「話終わった!?」


「わ〜近くで見るともっと綺麗!!」


「遊ぼ! 遊ぼ!」


「あ、こら! 何勝手に入ってきてんだ!!」


 すると今までずっと襖の影からこちらを観察していたちびっこどもが茶の間へと乱入してくる。


「……」


 突然の弟妹たちの登場に氷室さんは目を見開いて驚いた様子だ。


 その反応は無理もない。こんな元気の塊みたいなのがいきなり3人も現れて、周りで騒ぎ始めたら困惑もする。


「こら、お前たち! お客さんの前で騒がない! 後、お客さんが来てる時はなんて言うんだっけ?」


 みっともないとは思いつつもちびっこどもを一旦落ち着かせるために、大きな声ではしゃぎ回るのを止めさせる。


「「「いらっしゃいませ!!」」」


「そうだな。すみません氷室さん、ウチの弟たちが…………」


「いえ、気にしないでください。元気な子達ですね。篝さんのご兄弟……ですよね?」


「はい。ほれ、お前ら自己紹介しろ」


 氷室さんは怒ることなく、優しく微笑むと尋ねてくる。

 そこでちびっこどもは元気よく自己紹介をはじめた。


「はい! 篝燈治です! 小学4年生です!!」


「はい! 篝華火! 小学3年生です!!」


「はい! 篝煌貴です! 小学2年生です!!」


「私は篝……火貴さんと同じ学校の氷室雪菜と言います。仲良くしてくださいね、燈治くん、華火ちゃん、煌貴くん」


「「「うん!!」」」


 元気よく手を挙げて自己紹介をするちびども。それを氷室さんは優しく見守ると自分の自己紹介をして挨拶をした。

 元気よく笑うちびどもを他所に、俺は氷室さんにさりげなく名前を呼ばれてドキッとしてしまった。


 いやまあ、確かにここではみんな『篝』だし、名前で呼ぶ方がややこしくなくて効率的ということは重々理解しているのだが、それでも一瞬めっちゃドキッとしてしまった。


「ねえねえ! 雪菜さんは兄ちゃんの彼女なの?」


「いえ、違いますよ」


「じゃあじゃあ雪菜さんはお姫様なんですか!?」


「お姫様でもないですね」


「お姉ちゃん、一緒にお絵かきしよ!」


「いいですよ」


 一人で勝手に悶えているといつの間にかちびどもはすっかり氷室さんに懐いて、色々と質問したり、仕舞いには遊び相手になってもらっていた。


「おいお前ら、あんま無茶言って氷室さんを困らせるなよ」


「「「はぁーい!」」」


 すかさずこれ以上氷室さんに失礼がないようちびどもに釘を刺す。

 そして弟たちの標的にされてしまった氷室さんにも謝罪する。


「弟達がすみません氷室さん。この後の予定とか大丈夫ですか? もし何かあるようだったらコイツら無視して、帰ってもらっても大丈夫ですからね?」


「いえ、今日はもう何も用事はありません。ご迷惑でなければもう少しお邪魔しても良いでしょうか?」


 しかし、氷室さんはこの状況に全く怒った様子は無く。逆に何故かそんなお願いまでされてしまう。


「えっ、いや、そりゃまあコイツらも喜ぶんで全然いいですけど……」


「ありがとうございます」


 思わぬ言葉にたどたどしい返事をしてしまう。


「姉ちゃん見て見てー!」


「はい、なんですか?」


 しかし氷室さんはそんな俺を気にした様子もなく再び、弟たちとの遊びに戻っていく。


「……」


 その姿は、普段学校では全く笑わない事で有名な鉄仮面の氷室雪菜ではなく。よく笑う、子供好きな普通の少女であった。


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