大家族の俺氏、一人っ子お嬢様に家族の温かさを教えたら妙に懐かれたんだが

EAT

第1話 俺氏、クビになる。

 煌びやかな繁華街。夜も本番となるこの時間帯はたくさんの人で賑わっており活気に満ち溢れている。


 酒で完全に出来上がったサラリーマンの楽しそうな笑い声、数人で道端に屯して缶チューハイを呷るガラの悪い大学生、胸元や足が異常にはだけ道行く男を誘惑する綺麗な女性。そこはとても雑多としているがどの人間も楽しそうに笑っていた。


 そんな夜の街独特の雰囲気に似つかわしくない、とても気落ちしたため息を吐く少年がいた。


「はあ……」


 さも、この世の終わりかのような顔でとぼとぼと繁華街の街を歩く少年。


 少年とすれ違った客引きのちょっとエッチな格好をしたお姉さんが、反射で彼に声をかけようとするがすぐに見て見ぬふりをする。

 不注意で少年にぶつかった大学生たちがイキリ散らした様子で「どこみてやがんだ!」と逆ギレをしてくるが、すぐに見て見ぬふりをする。


 その少年は「こいつには関わっちゃいけない」という負のオーラで満ちていた。



「はあ…………」


 再びの深いため息。


 何故、少年こと───この俺、かがり火貴ほだかがここまで絶望した様子で繁華街を歩いているのか?


 理由は単純明快。

 居酒屋のアルバイトを首になったからである。俺は今日初めて職を失い、晴れて無職となったのだ。


 まさに突然の出来事であった。

 毎日ほぼフルで入れているシフトを消化するために、今日もこの繁華街の一角で営んでいる居酒屋『どんちゃんや』にやってきたまでは良かったが、アルバイトの俺を出迎えてくれた店長の安村さんは開口一番にこう言った。


「わりぃ火貴。今日でこの店閉めることになった!」


 なんとも呑気な、おちゃらけた様子で言う安村さんに俺は一瞬、「またいつもの冗談が始まった」とあきれていたのだが、話を詳しく聞いていみると俺のバイト先である居酒屋は本当に閉店することになったらしい。


 理由は経営不振。つまり、儲かってなかったということだ。

 まあ確かに、あの店は繁華街のそれなりのいい位置に店を構えているにもかかわらず客入りはそこまで良くなかったし、雇っているアルバイトは俺を含めて2人しかいなかった。

 むしろ、よくまあそんな状態で今までやってきたと思う。


「店が潰れる」と言われても不思議ではなかったが、俺にとってこれは死活問題だった。


 たかが学生のお遊びアルバイトをクビになったくらいで何をそんなに落ち込んでいるんだ。と思うかもしれないが、俺にとってこのアルバイトは明日を生き抜くために必要不可欠であった。


 そんな日常生活を送るうえでとても重要なパイプラインが突然絶たれれば、こんな死んだような顔にもなりたくなる。


 まさに俺は今、絶望の縁にいた。


「はあ……」


 もう何度目かも分からないため息。


 世の中とは本当に不条理で理不尽だ。突然、普通にあったことが奪われる喪失感とはこんなに虚しいものなのか?


 今回の場合は誰に八つ当たりをすればいいのかも分からない。

 俺を雇ってくれていた店長も被害者であり、たかだかアルバイトの俺なんかより状況はもっと酷いだろう。そんな状況で「ふざけんな」と八つ当たりをするほど俺も子供ではなかった。


「クソ、どんちゃん騒ぎしやがって……」


 ふと、視線を下から上に向けてみればそこには夜の街を謳歌する人々が映る。


「もう1件行くぞ!!」と意気込む飲兵衛御一行に、「これから俺たちと遊ばない?」と道行く女の子を引っ掛け回すナンパ大学生。どいつもこいつも人生が楽しそうで大変恨めしい。


 普段は全くこんな事を思わないのに、今日は少し精神に良くないことが起きたせいで俺のメンタルは不安定だった。

 このまま行けばすれ違う適当な楽しそうな奴に殴り掛かる勢いだったので、そうなる前に大人しくこの場を離れようとする。


「うぉっ!?」


 すると、背中に「ドンっ」と何かがぶつかってくる。

 何事かと後ろを見遣ればそこにはガラの悪い男3人と女の子1人がいた。


「おいおい、どこ見て歩いてんだよ!」


 恐らく俺にぶつかっきたであろう男が怒鳴り散らしてガンを飛ばしてくる。


 歳の程は俺の3つか4つ上、つまり大学生辺り。かと思えば男達と一緒にいた女の子は俺と同じ歳だ。


 なぜ断言できるかって? だって女の子、制服姿だし、これは確実に高校生だ。

 男達がわらわらとこちらを囲んできて女の子のご尊顔はよく見えないが、とにかく俺と同じ高校の制服を着ているし確定だ。


 恐らくこの大学生どもは女の子をナンパしている最中に、ナンパに夢中になりすぎて俺にぶつかってきたのだろう。

 全く迷惑な話だ。年下の女の子に相手にもされず、挙句の果てにしつこく追いかけ回して口説くとは…………


「禄でもないな」


「あぁ!?」


 思わず口から漏れ出てしまった言葉に大学生達の怒りはさらに増す。


 だが、正直言ってキレたいのはこちらの方だ。

 今日の俺はバイトをクビになってとても機嫌が悪いのだ。しかもお前らの方からぶつかって来といてその態度はなんだ。ナンパが上手くいかないからって八つ当たりしてくんなよ。ふざけるのも大概にしろ。


 女の子もこの状況に困惑してんだろ。

「え?私このまま逃げれるんじゃ……」みたいな雰囲気出してるけど律儀に待ってくれてるじゃん。俺なんか相手してないで女の子に注目しろよ。


 まあ、大事なお顔は男どもの所為で未だ見えてないから全部想像なのだが……まあそれはいい。


「ぶつかって来といてごめんなさいの一つも言えないのか? あぁ!?」


 依然として怒鳴り散らす大学生。


 何度も言うが、俺は今とても機嫌が悪い。

 だから俺はこいつらに八つ当たりすることに決めた。


「……………アンタらに分かるか?」


「ああ!?」


「突然、仕事を失った悲しみ……明日からの生活をどうやって過ごしていけばいいんだという焦燥感───」


 別に殴り合いをしてボコボコにしてやろうとかなんて思ってない。俺は暴力は嫌いだし、苦手だ。どちらかと言えば平和主義者だ。


 だからコイツらには俺の愚痴に付き合ってもらう。

 俺のこのやるせない悲しい気持ちを、目の前の能天気バカどもにお裾分けしてやろう。


「───弟たちに腹いっぱい飯を食わせてやることが出来なくなった悲しみがお前らに分かるか?」


「いや……」


「少しでも両親を助けようと思ってた俺が間違ってたっていうのか?」


「その……」


「なあ……俺、これからどうすればいいかな?」


「「「…………」」」


 不幸オーラ全開で大学生達に質問するが、返答は帰ってこない。

 それどころか彼らは「絡む相手を間違えた」と言わんばかりにバツの悪そうな表情をする。


 そんな顔しないでくれよ。もっと俺の話を聞いてくれ。


 狙った獲物は逃がさい。という訳では無いが、俺はもうコイツらに話を聞いてもらうと決めたので最後まで付き合ってもらう。


 そこから一方的に未来への不安を大学生達に話していると状況は一転した。


「そうかぁ! まだ高校生なのに頑張ってんだなぁ……!!」


「てかコイツ立派すぎね? まじリスペクトなんだけど」


「腹減ってないか? 何か食いに行こうぜ!」


 完全に俺の話に聞き入り、感情移入してしまった大学生達は涙ぐみながらそんなことを言い出す。

 最初のガラの悪さから、今では気の良い兄ちゃん達に早変わりしてしまった。


 仕舞いには俺の肩を組んでこれから飯にでも行こうと言って歩き出した。


 もうナンパのことなんて完全に頭から抜け落ちている様子であった。

 異様に盛り上がる大学生達を尻目に、俺は逃げるタイミングを見計らっていた女の子の方に一瞬振り向く。


「こいつら何とかしとくんで、もう帰っても大丈夫ですよ」


「えっ……あ、はい……」


 俺の言葉に女の子は戸惑った様子で頷く。

 しかし、本当に帰ってもいいものかと繁華街の道のど真ん中で呆然としていた。

 そんなつもりなど全くなかったが、ナンパから女の子を助ける形になってしまった。


「……これは「助けた」と言っていいのか?」


 甚だ疑問ではあるが、まあ細かいことは気にしないことにしよう。

 そうして俺は何故かその日に出会った大学生3人と飯を食いに行った。


 


 まさかこの出来事から、あんな事になるなど篝火貴は思いもしなかった。


 これは一人の『貧乏』な少年と、一人の『寂しがり』な少女が、互いに欲しいものを求めて奮闘する物語である。

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