そこに現れ出でるもの

 セミでも鳴いたかな、と思ったけど、再びジジッ、という音が聞こえてくる。これは明らかにセミの鳴き声なんかとは異なる音だ。布が裂けるような、はたまた金属音のような、耳障りで不快になるような音だった。

「何だ……?」

 僕は不穏な感覚を覚え、起き上がる。先ほどまでは木々のざわめきや小鳥の声が聞こえて来ていたはずだが、何故かそれらの音が今は全くせず、辺りが異様なまでに静まり返っている。

 ジジッ、ジジジッ!!

 背後で再び激しくノイズが鳴り、僕はそちらを振り返る。そこには、ノイズに合わせて明滅めいめつする黒い点が浮かんでいた。


 あれは良くないものだ、直感的にそう分かる。全身からどっと汗が噴き出てくる。しかし、人間の脳は強いストレスを緩和させるために、安心できるストーリーを作り出すのだ。

 そうだ、きっと変な虫が鳴いているだけだ、そうに違いない。そう思いたかった僕は、その黒い点をしっかりと見定める。見定めてしまう。

 黒点に僕の意識が集中した、つぎの瞬間。

 ジジジジジジジジジジジ!

 耳を塞ぎたくなるような音と共に、黒点が急激に広がり、人間のような形のになる。

 見つめてしまったのは失敗だった。見れば見るほど、理解すればするほど、それは強く、大きくなっていく。おそらくそういうたぐいのものだ。

 見てはいけない、理解してはいけないと思えば思うほど、僕はそれから目が離せなくなっていく。

 その人型のは全体的にぼんやりとしているが、その顔にあたる部分、そこだけは深く吸い込まれそうな漆黒に染まっている。

 僕はそこに顔を見出みいだしてしまう。何もないはずなのに、何故かそこに目があり、口があるように思える。いや、今は確かにそこに顔がある。でもさっきは何も無かったはずだ。

 おそらく逆なのだろう、僕がそこにあると思ったものが、その人型の何かに与えられていくのだ。ぼんやりとした輪郭が次第に明確になり、目があらわれ、口が開く。僕が恐ろしいと思えば思うほど、実際にそれは恐ろしいものになっていく。

 その口が、ニタァ、と笑い、聞き取れない言葉のようなものを吐き出し始める。


 僕は圧力を感じているのに気づく。目の前のから発せられる何かが、明らかに僕の体を『押して』いる。

 強い風を受けている時のような、プールの底で感じる水圧のような、そんな圧力が僕の鼓膜や眼球、肺や皮膚から感じられる。

 そして、ついには、恐ろし気な笑顔を張り付かせながら僕に襲い掛かってきた。

 僕は思わず――

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