トンネルを抜けるとそこにファミコンがあった
昼食を摂った後、太郎は玄関にいた。
片手に虫取り網、もう片方は虫かご。遊びに行く準備は万端だった。
「太郎ちゃん、気を付けるんだよ。川は入ってもいいけど、深いとこまでは行っちゃダメだよ」
「わかってるって。今日こそはカブトムシつかまえてくるからね」
去年の夏、太郎の住む東京でもカブトムシを取りに行ったことはある。しかしそのエリアに入るだけで5000円かかり、取ったカブトムシを持って帰ろうとしたら父に「持って帰るのはお金かかるんだから、返しなさい」と言われ、太郎は憤慨した。
なんで自分が取った虫を返さなきゃいけないんだ、と。
しかしここでは虫も取り放題、お金もかからないし返さなくていい。太郎にとってはパラダイスだった。
(よーし、今日はどこから行こうかな!)
はやる気持ちを抑えきれず、太郎は勢いよく玄関を飛び出した。
橋の上から見た川は川底が見えるほど透き通っており、時折反射させる太陽の光が、きらきらと流れた。目を凝らすと、川魚が尾ひれを振っているのが見えた。川辺に降りて、石を水平投げした。ぽん、ぽん、と2、3回跳ねて石は川へ沈んでいった。見上げると砂利道をトラクターのような特殊車両が通り過ぎた。じりじりと照らしつける日差しに、太郎は額の汗をぬぐった。
太郎が砂利道を歩きながら、昨日セミを大量に捕獲した場所へ向かっていると、ふと小さなトンネルがあるのが見えた。トンネルと言っても、車道の下をほった、地元の人、一人がやっと通れる程度の小さなものだった。
(こういうのって、不思議な世界とつながってたりするんだよな)
太郎は迷わずトンネルに向かって走り出した。入口は低く、近づけば近づくほど暗くなった。湧き水が流れ込んでいるのか、湿った風が頬を打った。トンネルはすぐ先に出口が見えており、大人なら大股3歩くらいで抜けられそうだった。太郎くらいの背丈なら歩いて通れるが、大人なら腰をかがめないと通れないだろう、そんなことを考えながら太郎は進んだ。中は一気に気温が下がり、生き返る思いだった。
「あれ」
地面に光るものを見つけた。しゃがみ込んで見てみると、それは背中を虹色に光らせたトカゲだった。
「ニホンカナヘビだ」
ヘビ、という名の小さいトカゲだ。太郎が反射的にぱっと手を出したが、そうはさせまいとにょろにょろと逃げる。合わせて太郎も必死になって追いかけた。気づけばトンネルを抜け、明るい場所に出たが、そんなことにもお構いなしに太郎はトカゲを追い続けた。
「あ、草むらに逃げちゃう」
逃したか、そう思った矢先、ぐっとトカゲを捕まえる誰かの手が見えた。太郎が思わず見上げると、そこに一人の少年が立っていた。
「あ」
太郎の声が思わず漏れた。太郎がゆっくり立ち上がると、どろんこで汚れた胸と膝をぱんぱんとはたいた。
「これ、君が追いかけてたの?」
「そう」
改めて見てみると、少年は太郎と同じくらいの年代に見えた。麦わら帽子にTシャツ、短パン。日焼けした四角い顔に飛び出した顎は、田舎のたくましい少年という
「へえ、はい」
少年はトカゲを太郎に渡してきた。どうしていいか分からず、止まっていた太郎に「いらないの? じゃあ逃すよ」といって少年はトカゲを放した。トカゲはそのまま、するすると草むらの中へ消えていった。
「君、ここの人? あんまり見かけないね」
「うん、東京から来た」
「東京? へえ、じゃあファミコンうまい?」
太郎は口をぽかんとさせた。
「まあスコッチでならちょっとやったことある」
「スコッチ? なんそれ。まあいいや、東京の人ならファミコンうまいだろ。ちょっときて、どうしてもクリアできない面があるんだ。いいよな」
ファミコンなんて、太郎が生まれるずっとまえに存在したゲーム機だと聞く。太郎が持っているニンテンドー・スコッチでも昔のレトロゲームとしてプレイすることはできるが、何故敢えてそんなゲームを今彼はしているのだろう。
分からないことはたくさんあったが、断るわけにもいかず、太郎は少年についていった。
「あ、そうだ。俺の名前はゲン、みんなゲンちゃんってよんでる。君は?」
「僕は、太郎。みんな太郎って呼んでる」
ゲンは、ははははと笑った。
「そんままだね」
太郎は少しだけむっとした。
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