トンネルを抜けるとファミコンがあった
木沢 真流
夏休み、実家へGO!
ねえ、そこにいるの?
ねえ、聞こえてる?
ねえ、お願い——助けてよ。
この声は誰? なぜ僕に? それより僕は今何をしている……?
春日太郎があたりを見回すと、虹色のマーブルがもやもやとあたりを包んでいた。目の前には自分と同い年くらいの少年、小学2年生くらいだろうか。でもそれが誰だか分からない。分からないが懐かしい、不思議な感覚だった。
太郎は、はっとした。
——まずい、これは夢だ、ということは——
布団からがばっと飛び起きると、太郎は叫んだ。
「また遅刻だぁー」
まずは部屋を出るために、あたりを見回した。
「えーと、ドアはどっちだっけ……」
太郎の部屋は2階だった。1階へ降りるためにドアを探そうとしたが、全く見当たらない。目に入ったのは畳の部屋。ふすまと障子、床の間には壺と掛け軸があった。息を吸い込むとほんのり草木の匂いがした。寝ていた布団はいつもと違ってふわふわしている。
数秒考え込んで、やっと太郎は思い出した。今自分は夏休みで、ちょうど父の実家へ遊びにきていたことを。
「なんだ、急いで起きなくてもよかった」
そう思い、布団に入ろうとしたその時、太郎の背後から低い声が響いた。
「おい、太郎。まさかまた寝ないよな、ご飯の準備もう出来てるんだぞ」
父、元太の声だ。うるさいのが来たな、と思いつつ、太郎はいやいや起き上がった。
「また寝たりしないよ、今から起きるとこ。すぐ行くよ……」
「そういって昨日も1時間起きてこなかったじゃないか。ばあちゃんに迷惑かけるだろ? 5秒で来い、いいな」
障子をバタンと閉めると父は去っていった。
……もう、うるさいなぁ、パパなんていなくなっちゃえばいいんだ。そうすればもっと寝られたのに……
心の中でつぶやいてから一度だけ布団に潜り込んだ。そのままじーっとしてると、徐々にあたりの世界がぐらっとなり始め、
「おっと、あぶね。また寝るところだった」
太郎は目をこすりながら、食卓へ向かった。
「うわー、おいしそう。ばあちゃんの目玉焼き大好き」
食卓には目玉焼きに、炊き立てのご飯が湯気を立てる。おかずにはほんのり紅色の明太子とほうれん草のおひたし。毎日パンとインスタントスープだった太郎にとっては祖母の和食はご馳走だった。
「太郎。母さんの食事もそれくらい喜んでくれよな。メイの事で色々大変なんだから」
太郎の母と妹のメイは家に残っていた。妹がまだ1歳と小さいからだ。そもそも今回のばあちゃん家訪問も遊びに来たというより、父の仕事の都合でしばらくこちらに寄る予定があったので、ついでに太郎を実家でみてもらおう、という魂胆だった。
「わかったよ、うるさいな」
「それにお前、昨日もニンテンドー・スコッチ出しっぱなしだったろ。あのゲーム機高いんだからな、出しっぱなしにして誰かが踏んづけたらどうすんだ。そんなことになったら今後いっさい何も買わないぞ、いいな?」
はいはい、と言いながら太郎は目玉焼きを頬張った。せっかくの絶妙な塩味がちょっぴり味気なく感じた。
自分はパパの子じゃないんじゃないかと太郎はよく本気で考える。本当の子だったらこんなにうるさく言わないだろう、妹のメイにはデレデレしながら頬づりしているのに。自分にはうるさいことばっかり。パパがいなくて、自分と大好きなママと妹のメイ、3人でいい。そうすればもっとゆっくり寝られるし、ゲームもし放題。うるさいことも言われなくて済む。夢のような毎日じゃないか。
食卓の上には父、元太の飲む薬が置いてあった。どうやら父の元太は持病があり、毎日薬を飲まないといけないらしい。
「ねえばあちゃん。パパはいつから薬を飲んでるの」
千鶴子が太郎の大好きなオレンジジュースを太郎の目の前にポンと置いた。
「もう30年になるかねぇ。ちょうど太郎ちゃんと同じ頃に、突然の発作で道端に倒れたんよ。それを見知らぬ人が助けてくれてねぇ」
元太がご飯を掻き込みながら、入ってきた。
「聞いた話によると、危なかったらしい。ばあちゃんは明日でいいって言ってたらいしんだけど、その助けたくれた人が急いだ方がいいって言ってくれて、何とか一命を取り留めたらしい。あの時パパが死んでたら、太郎は今頃いなかったな」
へえ、と言いながら太郎は、あの薬を隠したらパパは死ぬのかな——
なんてことを考えながらニヤニヤしていた。
「何ニヤついてんだ。ちゃんと宿題しろよ、ゲームは宿題が終わってから! いいな?」
そう怒鳴りつけてから、祖母の千鶴子にも念を押した。必ずゲームの前に宿題やらせてな、と。千鶴子は細い目を垂らし、ニコニコしていた。
じゃ、いってきまーす、と父の声が遠くに聞こえると、やっと太郎は一息をついた。千鶴子が後ろにやってきた。
「太郎ちゃん、もううるさい人はいないから、自由にしていいんだよ」
それを聞いて太郎の目がらんらんと輝き出した
「やったー! 自由だ、解放だ!」
太郎は繋がれてた鎖が解き放たれた犬のように、広い家を走り回った。その姿を千鶴子はニコニコしながら眺めていた。屋根裏にある仏像を回してみたり、押し入れの中にある昔の本をいじったり、庭の池の鯉に餌をやったりと、休む間もなく動き続けた。
しばらくして、ふと片付け終わった食卓を見てみると、父が夜飲むはずの薬が置いてあった。それを太郎はじっと見つめた。
……もしこれが無くなったら——パパは本当に死ぬのかな……
太郎はその薬を持ち上げてみた。そして色々な角度から眺める。
「そうそう、太郎ちゃん」
突然かけられた声にはっとして、太郎は薬をポケットに入れ込んだ。
「何?」
「今晩お祭りがあるんよ、花火大会もあるんだった。みんなで行こうかね」
あ、うん、わかった。そんな生返事をしながら、太郎は薬をポケットに入れたことをすっかり忘れていた。
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