トーキョー者、ファミコンをさせられる
「ただいまー」
ゲンの家に着くと、玄関があふれかえるほどの靴で埋め尽くされていた。どれも自分と同じくらいのサイズの靴で、よほどの人数が集まっているのが予想された。太郎がゲンの後をついて、ある部屋に入った。
「おい、どうだ」
「ゲンちゃん。ダメだ、コウスケもクリアできないって」
太郎は画面を見た。グラディウスという横スクロールのシューティングゲームだった。戦闘機のような本体を操り、敵の玉を避けながら進んでいくあれだ。部屋中ぎっしりと見たことのない少年たちがぎゅうぎゅう詰めになって画面を見つめていた。
「コウスケもダメだときついな。あ、そういえば東京のやつ連れてきた、こっち来いよ」
太郎は引っ張られるように部屋に押し込まれた。
「さっき会ったんだ、太郎って言うんだって。こいつにやってもらおうぜ」
羨望の眼差しが太郎に集まった。東京? へえ、すげえ。みなよくわからないままトーキョーという響きに何かの希望を抱いていた。
「あ」
思わず太郎の声が漏れた。初めてみるファミコン本体だった。
「すごい、初めて見た。よく本物手に入れたね」
ファミコン本体に吸い付いた太郎を見て、一同は止まっていた。うち一人がつぶやいた。
「君ファミコンやったことあるんだよね?」
「あるよ、スコッチでなら」
スコッチ? 東京ではそう呼んでるの? いくつかの声が漏れたがどれもちゃんとした言葉にはならなかった。
「はいよ」
ゲンがファミコンのコントローラーを太郎に渡した。
「3面のモアイがどうしてもクリアできないんだ、ちょっとやってみて」
太郎は初めて手にした本物のファミコンコントローラーに驚きながらも、ゲームをスタートさせた。
初めて5秒後だろうか、太郎はすぐに敵に当たって一騎ミスとなった。
「おーい、下手くそだな。お前、本当にやったことあんのか、俺に替われ」
さきほどコウスケと呼ばれた一人がコントローラーを奪い取ろうとした。
「待て」
制したのはゲンだった。
「何か意味があるのかもしれない。そうだろ?」
太郎は画面に集中した。
「うん、わざと。こうしないと1面で全部アイテムを取れない、いずれわかるよ」
芯の通った太郎の声が、部屋中に充満した。一同は思わず息を飲んだ。
その後、太郎は一度もミスすることなく、3面まで行き着いた。
「すげえな、今のどうやってやった」
「点数のここが0の時にアイテムとると隠し連射があるんだ」
「うわっ、今どうやって倒した?」
「オプションクラッシュ。オプションを当てると、それだけで倒せる」
数々の裏テクを利用し、ついに誰も倒せなかった3面のボスに到達した。
「トーキョー、やっぱすげえな。でも
コウスケでも倒せなかった、ボス、マザー。太郎は唾をごくりと飲み込んでから対峙した。
結局赤子の手をひねるように、太郎はマザーを倒した。
「出る順番がさ、決まってるんだ。上、中、下、上、下、中、上、下」
うわー、歓声が上がった。誰も見ることのできなかった未知のステージへ到達したのだ。
「太郎、誰に教えてもらったんだ?」
「パパだよ。パパかなりゲーム詳しいんだ」
へえ、トーキョーのパパすげえ、とどこからか聞こえてきた。
結局太郎はそのまま全ステージをクリアしてしまった。
辺りはW杯優勝、オリンピック金メダルほどの歓声で包まれた。
「トーキョーはやっぱすげえな」
太郎も英雄気取りで、なんとも言えぬ高揚感に浸っていた。
「スイカ切れたよ〜」
突如響いたその掛け声に、うわー、やったー、そんな声を上げながら、少年たちは居間へ走り出した。
(スイカだって? やった、ラッキー!)
太郎も少し遅れて立ち上がり、飛び出そうとしたその時、
「?」
足に何かが引っかかった。そのまま、バランスを崩し、思わず床に体を叩きつけた。
「あ!」
ゲンの声が響いた。なぜなら、太郎がひっかかったのはファミコンのコントローラーだった。急いで確認をすると、なんとコントローラーのコードがちぎれていた。
「うそだろ……」
太郎は顔が青くなった。英雄から一気に罪人へと堕ちた。
「……ごめん、わざとじゃないんだ」
ゲンは切れたコードを持ちながら、つぶやいていた。
「やばいやばいやばい……どうしよう」
背後から、どん、という音とともに扉が開いた。それを怯える瞳でゲンが振り返った。
「なんの音だ、……ん? おい、それ——」
「あぁ、ごめんなさい」
入ってきたのは、大人の男。おそらくゲンの父らしき人物だった。
「お前……なに壊しとんじゃ。だからあれだけちゃんと片付けろっていっただろーが」
鬼の剣幕でゲンに近づくと、首根っこをつかみ、持ち上げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
怯えるゲンの声も聞かず、ゲンの父はゲンの尻を思いっきり引っ叩いた。それも何回も。叩かれる度に、ピシッ、という音が響き、ゲンは苦悶様表情を浮かべた。見かねた太郎が、
「ごめんなさい、やったのは僕なんです」
とぼそっと言うと、父の手が止まった。それからギロ、っと刺すような視線を太郎にぶつけた。
「あ? それは本当か」
(ああ、やばい、僕も叩かれる……)
太郎が震え上がっている時、ゲンが呟いた。
「いや、違うよ。こいつは関係ない。俺がやったんだ」
だろうよ、こいつはだらしないんだから、そう言いながら再び思いっきり叩き始めた。
どうしていいかわからず、太郎は立ち尽くすしかなかった。
ゲンと太郎は砂利道を歩いていた。夏の太陽はやっと落ち始め、セミの声が遠くに響いていた。太郎が帰るにあたり、先程のトンネルまでゲンが案内してくれることになったのだ。
「ごめんね、ファミコン壊しちゃって」
とぼとぼ歩きながら、太郎がつぶやいた。
「いいんだよ、うちの父ちゃん。前からあんな感じだから。それにさっきのお前すごかったな、まさか
踏みつける、じゃり、じゃり、という音だけが虚しく響いていた。
明らかに悪いのは太郎だった。しかしそれを口に出さず、必死に耐えるゲンの姿は、太郎の瞳に強く刻まれていた。
太郎がチラッとゲンの表情を伺ってみたが、瞳の奥まではとても見えそうにはなかった。
気づけば二人が出会ったトンネルの前まで来ていた。
「後はもうわかるな、また明日遊ぼうぜ。ここのトンネル、暗くなると川の水が入ってきて通れなくなるから寄り道しないで帰れよ。まだまだ全然大丈夫だけど」
太郎がトンネルに目をやると、あのニホンカナヘビが逃げていった草むらが見えた。
「そういえばちゃんと名前聞いてなかったな、お前、何って名前?」
「僕? 春日太郎だよ」
ゲンは目を丸くした。
「すげえ、一緒じゃん。俺、春日元太、絶対忘れないな」
太郎は、はっとした。春日元太、どこかで聞き覚えのある名前だったからだ。そして改めてまじまじとゲンを見た。
(まさか、パパ?)
言われてみれば四角い顔や鋭い目尻など、似ているようにも見える。
「う、うん。僕も絶対忘れないよ。じゃあね」
全身の力が抜ける思いで、太郎は背中を向けると、トンネルに向かって歩き出した。何も悪いことをしていないのに、どこか後ろめたい気持ちがあった。
(ゲンが子どもの頃のパパと同じ名前?)
考えれば考えるほど、頭の中がこんがらがった。
(もういい、暗くなる前に早く帰ろう)
そう思いながらも、最後に一度立ち止まった。きっと二度と来ることのない景色を振り返った。ゲンはまだいるだろうか、いるなら一度くらい手を振っておくか、そんな思いで太郎は振り返った。
しかしそこに見えたのは思いもよらないゲンの姿だった。
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