第18話 秋は夕暮れ(1)告白
それは竜の吐息のようだった。
黄色く色褪せた葉を纏う桜の木の向こう側、薄いヴェールのような雲が熱く焼けている。
オレンジと闇、そして青の混じり合った空から照る光は目を焦がすほどの光源を放ち、平坂のカフェを炎ように染めた。
それはまさに
「告白してくれたのも燃えるような夕焼けだったな」
カナのぼそっと発した独り言にスミは珍しく、いや初めてドリッパーからお湯を盛大に外した。
スミは、表情を変えず、しかし日に焼けたような赤色双眸を大きく開いてカナを見る。
カナは、頬杖をついてじっと絵を、桜の木の向こうに沈んでいく夕日を見つめていた。
熱のない強い光に照らされたカナの顔は、元々の美貌をさらに際立たせて美しく映った。まだ制服に身を包んだ10代であるはずなのにその表情はひどく大人びていた。
「告白?」
スミの声にカナは我に返ったように顔を上げる。
その表情は明らかに動揺、可愛く言うならしどろもどろしており、頬は夕日に関係なく赤い。
「私・・・なんか言ってた?」
「いや、まあ告白がどうとか、夕焼けが何とか・・」
カナの口がパクパク動く。
口がパクパクするのはいつものことだが今日はやたらと激しい。
「何か・・・」
「ん?」
「何か・・・感じた?」
カナの言っている意味が分からずスミは眉根を寄せる。
「ほら、何というか・・・」
カナは、自分の胸を指差す。
「ここがザワザワするとか・・・熱くなるとか・・」
自分で言いながら恥ずかしそうに肩を窄め、俯く。
「・・・騒ついた」
「えっ?」
カナは、驚いて顔を上げる。
「いや、よくは分からないのだが・・なんかこう驚いたというか、何かに刺されたような感覚がした。
まあ、いきなり告白とか言われたら誰でもびっくりはするだ・・・」
スミは、最後まで言葉を発することが出来なかった。
カナが泣くような嬉しい顔でスミを見ていたからだ。
カナは、何かを告げようと口を開く。
しかし、いつものように口がパクパクと動き、空気が漏れる音がするだけだった。
カナは、悔しそうに喉を押さえる。
スミは、怪訝な顔をしつつも失敗したコーヒー粉をフィルターのまま捨てて、新しいフィルターとコーヒー粉を入れてケトルからお湯を注ぐ。
「・・・ドライブに行こうって誘われたの」
カナは、慎重に、言葉を選ぶように話し出す。
今度は、お湯を零すことなく、円を描いて注ぎながら顔を上げる。
話せた事にカナは、嬉しそうに言葉を続けた。
「毎日、毎日、うざいくらいに連絡くれてた奴が急に音沙汰がなくなったの。
その時は、ああっついに私のこと飽きたんだなって思ったくらいだった。私みたいに素直でもない、可愛くもない、拗らせた女なんて一緒にいても楽しくないし、むしろ良くもまあ今まで構ってくれたもんだ、と思った」
「・・・自分からは連絡しなかったのか?」
サイフォンにコーヒーが落ちるのを見守りながらスミは訊く。
カナは、一瞬、顔を上げ、そして俯く。
「怖かったから・・・」
「怖い?」
「私から連絡して、ウザがられたり、もう連絡するなって言われるんじゃないかと思ったら怖くて出来なかった」
スミは、一瞬、視線をカナに向け、そしてサイフォンに戻す。
「だが、連絡は来たのだろう?」
「うんっ。」
連絡が来なくなってから1ヶ月が経った頃、突然にスマホが鳴り響いた。
画面には彼の名前が表示された。
びくつきながらも電話に出ると開口一番に「連絡できなくてごめん!」と元気な、そして何よりも温かな声での謝罪が飛んできた。
そしてドライブに行こう!とデートに誘ってきたのだ。
カナは、彼の勢いのままに誘いを受けた。
デート当日、彼は国産の白いスポーツカーに乗って、少し大人びた服装で現れた。
1ヶ月ぶりに会う彼は少し身長が伸びて、服装だけでなく顔つきも少し大人びて見えた。
ドライブ中、彼は言い訳のように会えない期間の話しをしてきた。
高校1年の時からアルバイトをして溜めたお金が目標値に達したので免許の合宿に行っていたこと、無事に免許が取得出来てから中古の車を探しに歩き回っていた事、予算がそんなにあるわけでないので、この車を見つけるまで何軒も走り回った事、そしてカナをびっくりさせようと思って敢えて連絡しなかった事、そうしないと自分のことだから内緒に出来ないで全て話してしまうから、と。
彼らしいとカナは胸中で笑うが表情には出せなかった。
表情に出すのはそれだけ難しかった。
免許証取り立てだというのに綺麗な運転で彼は高速に乗って県を跨ぎ、山あいの川に言って自然を眺めたり、古民家風のカフェに入って昼食を食べた。騒がしいのが苦手なカナの為に彼が考え抜いたコースだった。
楽しかった。
デートが楽しいのもあるが彼に久々に会えたのが何よりも嬉しかった。
そして夕暮れになり、彼はどうしても連れて行きたい場所があると言って車を走らせた。
その場所で見た夕日を今でも覚えている。
そして彼は緊張した顔でカナに告げた。
「好きだ」
スミは、白鳥のカップにコーヒーを移し、ミルクの泡を乗っけて、細い棒で弄ると、それをカナの前に出す。
相変わらずの絵の失敗したラテアートだ。
カナは、じっとこのラテを見つめた。
いつも見たいに「また失敗?」と揶揄ってこない。
「それで・・・受けたのか?」
「えっ?」
「いや、その告白だ。受けたのか?」
スミの問いにカナは、首を横に振る。
スミは、シェフコートの胸部分を握る。
「・・・なぜだ?好きだったのだろう?」
カナは、顔を上げる。
眼帯のされてない左目から一筋の涙が溢れる。
何かを伝えようと口を動かす。
しかし、言葉は出ない。
口をパクパクと動かすだけ。
その時、"生く扉"の開く音がした。
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