第13話 夏は月(5) 鳥頭の母

新月がうっすらと目を開ける。

 僅かな月明かりが差すものの店内は薄暗い。

 それでもカナの顔色が青白く変わったのが見えた。

 女性は、"鳥頭"の母親はじっとカナを睨む。

「何よ。文句あるの?私が殺したわけじゃないわよ」

 彼女の口調は、どこまでも他人事だった。

 スミは、五徳の火を見続けた。

「それなのに世間は私たち夫婦を、私を責め立てた。どんな育て方をしたのか!被害者たちに謝罪の言葉はないのか!

 テレビが連日押しかけてくるし、誹謗中傷の電話は鳴り響く、窓に石が投げ込まれたのなんて毎日よ!

 殺ったのはあの子よ!

 私じゃないのに!」

 鳥頭の母親は、ヒステリックに叫ぶ。

 カナは、唇を震わせる。

 目が潤み、汗に濡れた拳を握る。

「なのに夫は、世間に必死に謝り続けたわ。

 被害者の親族にも直接会って謝罪しに行った。

 悲壮な顔で帰ってきた時もあれば、頭に包帯を巻いて帰ってきた時もあった。

 義父母や親族は、まったく顔も連絡もしてこなくなった。元々、私たちなんていない存在にされた。

 夫は、息子にも会いに行った。

 どんなことがあっても息子は息子なのだと言った。

 意味が分からなかった。

 なんで、そんなことに私が巻き込まれなくちゃいけないの?

 私は、家を出て実家に戻ったわ。

 実家は夫の家と違って田舎なので流石にテレビの取材も追ってこなかった。

 父と母は、何で戻ってきたのかと私を責め立てた。

 子どもと向き合え!世間様に謝罪しろ!と下らない正義感を振り翳してきたけど、そんなの知ったこっちゃない。

 私は、実家に戻り、ようやく安らぎが訪れたの」

 カナは、握った拳でカウンターを叩きつける。

「貴方は・・・!」

 カナは、左目を燃え滾らせ、鳥頭の母親を睨む。

「なによ。あんたには関係ないでしょ?」

 カナは、何かを叫ぼうとする。

 しかし、口がパクパク動くだけで声は出ない。

 カナは、悔しそうに喉を押さえる。

 鳥頭の母親は、侮蔑の目をカナに向ける。

「気持ち悪い。何よ」

 そういってから嘲笑を浮かべる。

「ひょっとしてあの子が殺したか傷つけた被害者にあんたの知り合いでもいた?だとしたら私に怒るのは見当違いよ。悪いのはあの子だから」

 カナの表情から血の気がひく。

 左目から、眼帯に包まれた右目から涙が流れる。

 カナは、包帯の巻いた手を振り上げる。

 鳥頭の母親に恐怖が浮かぶ。

 しかし、その手が振り下ろされることはなかった。

 その直前にスミが左手を伸ばし、カナの手を掴んだ。

 カナが震える目でスミを睨む。

 スミは、日に焼けたような赤い目を細めてカナを見る。そして小さく首を横に振った。

 カナの表情が一瞬強張り、そして腕の力とともに抜けていく。

 スミが手首を離すとカナは、そっとカウンターの上に手を置いた。

 鳥頭の母親の瞳孔は恐怖で見開き、息が浅く乱れている。

 スミは、頭を下げる。

「失礼しました。続けてください」

「はあ⁉︎」

 鳥頭の母親は、瞳孔が開いたままにスミを睨み付ける。

「こんな状態で話せるわけないでしょ?てか。なんなのよその女!突然、殴りかかろうとしてきて!こいつの方が狂ってるんじゃ・・・」

 鳥頭の母親は、飛び出しかけた言葉を飲む込んだ。

 スミの赤みがかった目に静かな、そして茹るような怒りが見えたからだ。

「・・・続けてください」

 スミの声は、どこまでも静かだった。

 嵐の来る前の凪いだ海のように。

「・・・どこまで話したかしらね」

 鳥頭の母親は、再び話し始めた。

「あの子の裁判が始まったことはテレビで知ったわ。

 その頃の私は子供の頃に自分が使ってた部屋にこもって家からは出なかった。

 皮肉なもんで今度は私が引きこもりになってたわ。

 あの子は、嘘言わないで正直に話していたようね。

 裁判は、滞ることなく進んだみたい。

 嘘を付かないって言う点はやはり私の教育が間違ってなかった証ね。

 ずっと気味悪い鳥頭を被ってるのはいたたげないけど。

 悪いのは世間。

 世の中よ。

 それなのに被害者の夫っていうのが連日テレビに出て、『妻と子どもたちの無念を』とか『家族を返せ』とか喚き散らしていたわ。

 まったくとんだ英雄気取り。

 でも、あいつ何かおかしかったのよね。言葉が足りないというか、本心を言ってないと言うか・・変に違和感があったわ」

カナの脳裏に桜の花びらが舞う中で自慢げに自分の不幸をひけらかす男の姿が浮かんだ。

「夫からは裁判の進捗状況が電話やメールで入ってきたわ。

 あいつは正直に話している。

 雇った弁護士が頑張ってくれて少しでも減刑してもらえるようにしている。

 あの子の罪は、一生かけて償わなければいけない。

 お前も裁判所にきて欲しい、とか。

 全部無視したわ。

 私には関係ない。

 勝手にやって、と。

 でも・・・」

 鳥頭の母親は、両手を組んでぎゅっと握る。

「裁判の判決が出る日、私は裁判所に足を向けたの」



               つづく

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