第7話 春は花びら(7) 生く扉

 嘘だ、嘘だ、嘘だ!

 カイトは、胸中で叫ぶ。

 子ども達が俺に会いたがっていた?許そうとしていた?あんな酷いことをした俺を?実の親ですら、兄弟ですらゴミ扱いしたのに⁉︎

 花弁の嵐の隙間よりスミの顔が見える。

 スミは、赤い双眸でカイトを見、そして問う。

「貴方にとって家族とは何ですか?」

「えっ?」

「見栄の道具ですか?ただそこにいるだけのモブですか?それとも・・・」

「言うな!」

 カイトは、叫ぶ。

 そして頭を抱え、カウンターに叩きつける。

 脳裏に3人の姿が蘇る。

 若く、美しい妻。自分を見て優しく、温かい声をかけてくれる妻。

 生まれたばかりの長男。とても弱々しくしくて守ってあげたいと思った。

 甘えん坊の次男、自分が仕事から帰ると抱きついて喜んでくれた。

 俺の見栄。  

 俺の幸福の栄光の象徴。

 大切な・・・大切な・・・。

 カイトは、顔を上げる。

 額から流れる血とともに涙も流れる。

「愛する・・家族」

 花びらが消える。

 残されたのは涙を流し、天井を見上げるカイト。

「貴方は、どんなに利己的に話しても無意識に、心の片隅に残してきた長男がいた。酷いことをした長男に詫びる気持ちが、会いたい気持ちが残っていた。だから死を選びながらも死を拒否した。生くことを選んだのです」

 スミは、新しいコーヒーをドリップする。

 サイフォンにコーヒーが水滴となって落ちる。

「でも、どうしろと。あいつには会えない。会ってまた同じことを繰り返したらどうする?妻の両親だって俺を会わせようとはしないはずだ。むしろ死にかけてることを喜んでいるはずだ」

 スミは、蝶を模したカップにコーヒーを注ぎ、ミルクの泡を乗せる。

「会う以外にも愛情を注ぐことは出来るはずだ。見守ることが出来るはずだ」

 そしてカップをカイトの前に差し出す。

「貴方は、父親なのだから」

 カップには笑うカイトの姿。そして周りには優しく微笑む妻、嬉しそうな長男、そして耀くように笑う次男の姿が描かれていた。

 お父さん・・・。

 長男の声が聞こえる。

 カイトは、カップを取り、ゆっくりと口に付け、一瞬、大きく目を見開き、そして一滴残さず飲み干した。

「ふう」

 コップを優しくカウンターの上に置き、じっとスミを見る。

 そして笑う。

 今まで見せていたものと違う穏やかな微笑み。

「美味しかったです」

 そう言って椅子から立ち上がり、”生く扉”へと向かう。

「お気を付けてお帰りください」

 スミは、小さく会釈する。

 カイトは、”生く扉”のノブに手を掛け、唐突に振り返る。

 そしてニヤッと意地悪く笑う。

「そういえば思い出しましたよ。貴方たちのこと」

 スミは、怪訝な表情を浮かべる。

「貴方こそいつか選ばないといけないのではないですか?”生くか?逝くか?”を」

 カイトは、喉を震わせて笑い、ノブを回し、扉を開く。

 淡い光がカフェの中に飛び込む。

「それじゃあ、またどこかで」

 カイトは、小さく会釈し、扉を潜った。

 扉は、ゆっくりと閉まると、再び、ノブが霞のように消え去る。

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