第26話 新おしろい原料をこの手に~長い長い冒険譚を経て~

「いやぁ、あの時は本当にもう駄目だとあきらめかけましたが、今から考えれば何ということはない。同じところをぐるぐる回っていたんですな。ほんの少し進路を東へ変えれば陸があったというのに」

「そうなんですのね」

 皆様ご機嫌よう。転生公爵令嬢シャイスタです。今日は例の冒険家、ダンゼル氏を囲んでの王妃様のお茶会です。ちなみに、現在開始から約2時間が経過しております。招待されたのは私だけでなく、他にも同年代、年上の淑女も取り混ぜて10名程が出席しているのですが、まあ、まともにダンゼル氏の話の相手を最初から今までしているのは私だけです。何しろ長いのです。話が。出港から始まり、くだんの南方の国、ルテニアに着く直前がやっと今。ルテニアの風土や文化はこれから入るところなのです。

「ようやく上陸したのが今回発見したルテニア国でして、この国の人々は浅黒い肌にはっきりした目鼻立ちで…」

 いよいよルテニア談義の開始です。お化粧の話がいつ出るかはわかりませんが、目的は近い。近いのです。聞き疲れを悟られぬよう、殊更気合を入れて微笑を絶やさず、頷きと相槌で、話を先へと促します。

「暑さは厳しいものの、大河が2本流れておるせいか、意外にも農業で潤っておるらしいのですな。彼の国は…」

───そしてさらに1時間…

「彼らは祭の時に肌に白い紋様を描くために我々で言う白粉を使うのですが、それの元になっているのが、この実です」

「まあ、意外と大きいのですね」

 来た!この時が!

 私の頭の中にはファンファーレが鳴り響きます。苦節3時間。引きつりそうになる表情筋をなだめすかし、ひたすら相槌を打った成果が今この時に!

 私の手には、どう見ても前世で知るおしろい花の種の巨大版が乗せられました。手のひら大のそれは、なかなかずっしりしています。

「この実を割ると中に白い粉が詰まっておりましてな。彼の国の人々は、それを乾燥させて水で溶いて使っておりました」

「不思議な実ですわね。粉が入っているなんて」

 話に合わせて物珍しげな反応を返しておきます。おしろい花やん!という心の声は押し隠します。

「やはり、これは畑などで栽培されているのですか?」

 出来るなら、我が国で栽培したいものです。使えるかどうかはまだこれからですが。

「いやいや、野生の木から必要な時だけ取って使うもので、販売すらされていないものです。なにしろ、彼の国の人々の肌は褐色ですからな。おしろいとは言っても、祭のときに顔や体に紋様を入れるためのもので、我が国のご婦人方のように、肌を美しく見せるためのものではないので、さほど量も必要ないのです。祭の都度、自分で実を採ってきて各々使っているようですな」

「なるほど…」

 つまり、現状では商品価値はないものということ。もしもこれが使えるなら、チャンスかもしれません。

「ありがとうございます。ダンゼル様。とても参考になりました」

「いやいや、もしや何かに使えるかと思っていくつか持ち帰ったものの、興味を示される商人もご婦人もおられなかったので、どうしようかと思っておったのです。まだいくつかありますので、そちらは箱に入れて用意してあります。どうぞお持ちください」

「まあ、嬉しい。ありがとうございます!」

 私は思わず手放しで喜びました。この一粒だけでは、試料としては足りないなぁと、悩んでいたものですから。

「…」

 ハッ!いけません。淑女たるもの、人前で感情を露わにするなんて、はしたない。ダンゼル氏もびっくりしているではないですか。私は慌てて淑女の仮面を被り直し、控え目な微笑を作りました。

「失礼いたしました。子どものように喜んでしまって…。お恥ずかしい」

 頬に手を当て、乙女の恥じらいを炸裂させておきます。だいたいこれでなんとか乗り切れるはず。

「いえいえ、まるで薔薇が咲いたような笑顔で、つい年甲斐もなく見とれただけですよ。こちらこそ、レディのお顔を見つめすぎましたな。失礼失礼」

「まあ、お上手を…」

 ガハハと笑うダンゼル氏には似つかわしくない、歯の浮くような褒め言葉。ちょっと私は引きました。が、にっこり笑って受け流します。

「さて、ルテニアの特産品を買い漁っておりますと、それを国王が聞き付けたらしく、我々は王宮にも招かれまして…」

 はい。折り返しへ入りましたね。いや、これ、折り返しなのでしょうか?このまま後半も3時間コースだったら、どう…

「皆様、そろそろお開きの時間でございます」

(よかったぁ)

 お開きの知らせは、私には天使の声にも聞こえました。単なる侍従の声ですが。

「あら、楽しい時は早く過ぎるものね。皆様、本日はお集まり頂いて嬉しかったわ。お名残惜しいけれども、今日はお開きといたしましょう」

 続いて主催の王妃様からも終了が告げられます。王妃様の絶妙な時間配分に感謝です。一方、目の前のダンゼル氏は話し足りないようでひどく残念そうです。

「まだ王宮での謁見も、帰りの航路もお話しできてないのに…」

 ブツクサ独り言を零す姿に思わず憐れを催した私は、つい、

「お話の続きはまたの機会にでも」

と、社交辞令を言ってしまいました。すると、パッと顔を輝かせたダンゼル氏は、身を乗り出して言ったのです。

「そうですな!是非今度はセザランド公爵様にもご同席頂いて披露したいものです!いつならご都合よろしいかな?あぁ、お忙しいのはわかっとります!ご都合つけば是非、こちらまでお知らせを!いつでも何を置いてもお呼びとあらば馳せ参じますぞ!」

そして、紙に自分の住所を書き付けたものを私に差し出しました。

「あ、ありがとうございます」

 本来、身分が格段に上の私に対して、向こうから面会をせがむ行為は無礼なのですが、ダンゼル氏の勢いに呑まれた私は黙って受け取りました。何より、この巨大おしろい花の種の貴重な入手ルートでもあります。

「帰りの航路もあちこち寄り道してみましたのでな。行きより面白いこと間違いありませんぞ!」

…長いんでしょうね。ちょっと笑顔が引き攣ってしまったのは、ばれてないといいな。

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25歳で4歳の公爵令嬢に転生しましたが、前世以上に楽じゃないってどういうことでしょうか?~王子の婚約者として普通のことをしているはずなのに、なぜか悪役令嬢っぽくなるのですが?編~ @k1nokinoko

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