第24話 既存のおしろいは全滅です~母のため、研究開発いたします~

 皆様ご機嫌よう。転生公爵令嬢シャイスタです。スティーブを脅して色々なおしろいの原料を手に入れましたが、おしろい事案は未だ解決を見ません。

「原因が鉛白そのものとは…」

 私は頭を抱えました。ある程度予想はしていましたが、最悪の結果です。まあ、私の前世の記憶が確かならば、鉛白そのものが有毒で、長期連用すると中毒になるので、鉛白が良いとは単純に言えないのですが。とはいえ、鉛白と同等に綺麗に肌について持ちも良いおしろいは、他にないのです。前世であれば、無害な成分がファンデーションの原料に使われていたのですが、私が今いる時代でそれを作る方法が皆目わからないので、どうしようもありません。

「混ぜたらなんとかならないかしら…」

 私はおしろいの原料を適当に混ぜ合わせ始めましたが、そこで、

「お嬢様!いい加減になさいまし!粉が飛び散って掃除してもしてもきりがありません!」

 ばあやの雷が落ちました。

「だって…」

「私もお嬢様のお気持ちはわかりますので、我慢しておりましたが、そろそろ限界でございます!ここにも!ここにも!こんなとこにも!粉が散ってもう!」

 確かに、粉を扱う度に、どんなに気を付けてもけっこう飛び散るのです。まして、あれかこれかと試行錯誤すればなおさら。午後は私も予定が詰まっているので昼までには片付けるのですが、ばあや曰く、私が部屋を出た後も必死に入り込んだ粉を掃除していたそうです。それは悪いことをしました。でも今初めて聞きました。

「ばあやごめんなさい。今度から後15分早く切り上げるから、勘弁して~」

 胸の前で手を組んでかわいいポーズでお願いしてみましたが、

「15分で片付くものではございません!」

 にべもなくはねつけられました。

「え~?だって、お母様が…」

「ここには、お召し物も、書物も、クッションも、絨毯も、粉がかぶると厄介なものがたくさんあるのですよ!場所を変えてくださいまし!」

「はぁい」

 ばあやの言うことはもっともなので、私は仕方なく粉類の瓶に蓋をして、レベッカを呼んで持ち運べるよう荷造りをしました。とはいえ、粉が飛んでも迷惑にならない場所なんて、どこにあるのでしょう?客室は空いているでしょうが、ここも汚したら怒られそうです。外が良いのかもしれませんが、

「外は風が強いのよね」

 秋も深まる王都は、風の強い季節なのです。風の中、細かい粉の入った瓶を開けたら、悲惨なことになるでしょう。粉にも外の埃が入るでしょうし。

「お隣の研究所へお願いしてはいかがですか?」

 考え込んでいると、レベッカからそう提案されました。

「メリル先生のところ?邪魔になるからと怒られそうだけど…」

 私の家庭教師だったメリル先生が、私の護身術の一貫で始めた毒物研究の延長で出来てしまった動植物研究所は、いまや私設の自然科学研究所としてそれなりの規模を誇っています。メリル先生1人だけでなく、縁あってやって来た学者志望の人々が数人研究に携わっています。おしろい作りとは次元の違う場所だと思いますが。

「そもそも、公爵家が運営資金を出しているのです。多少場所を貸すくらいはしてくださると思いますよ。それに、この粉だって、元を辿れば植物や貝なのですから、動植物研究と言えなくもありません」

「そうかしら…」

「それに、メリル夫人にも、おしろいの原料探しをお願いしているのでございましょう?」

「まあね」

 駄目元でメリル先生にも、鉛以外に使えそうなおしろいの原料探しをお願いしてあります。しかし、今のところ特に見つかったとの報告はなく、私もあまり期待はしていないという状況です。

「とりあえず、お願いするだけしてみましょうよ。お嬢様」

「うぅーん…」

 レベッカの言うことはもっともです。もっともなのですが、

「きちんと説明してお願いすれば、怒られることはないと思いますよ?メリル夫人は、筋が通っていれば、きちんと話を聞いてくださる方です」

「わかってるわよ!」

 長年の厳しい淑女教育で染みついたメリル先生への恐怖感が未だに抜けないのです。頭ではわかっています。メリル先生は理不尽なことで怒る方ではありません。でも、怒ると怖いんです。

 私は、レベッカに内心を見透かされた決まり悪さから、ヤケクソの早足で研究所へと向かいました。当たって砕けろの精神で、メリル先生にお願いすべきですよね。どう考えてもそれが一番良さそうなので。


「よろしいですよ」

「えっ?」

 決死の覚悟で、メリル先生に場所の提供をお願いしたところ、あっさりと許可が降りて、私は思わず声を上げました。

「そもそも、化粧品と薬品とは、目的が異なるだけで調合実験の過程は似たようなものでございますから。それに、奥様のために作ろうとなさっているのでしょう?この研究所はそもそもお嬢様のため、ひいては公爵家のためのものです。お嬢様がお使いになりたいとおっしゃるのであれば、都合はつけさせて頂きますよ、お嬢様。私がそんなことで気を悪くするとでもお思いでしたか?心外でございます」

 片眉をクイッと上げて私の驚きの声に反論するメリル先生。やっぱり怖い。

「め、めっそうもありません」

 別の意味で怒られそうで、私は慌てて否定しました。

「まあ、それに、ハンナばあやの苦労が忍ばれますしね。お嬢様、朝のドレスのままで粉を扱って来られましたね」

「は、はい!」

 また別角度からダメ出しが来そうです。何年経っても私のお小言警戒警報を越えるお小言が降ってきます。

「このように細かい粒の粉は、気を付けても服につくものです。ですから、お化粧をなさるご婦人方は、下着姿か、化粧着を着ておしろいを塗ります。ドレスのままで粉を触られたお嬢様の前も袖も、うっすら粉をかぶっておりますよ」

「そんなにですか?」

 助けを求めてレベッカを見ると、真面目そうな顔でうんうんと頷いています。でも、目が笑っている気がします。何でしょう。小言を言われて慌てる私を楽しんでいる気がしてならないのですが。

「前掛けと袖を覆うカバーをお貸ししますから、こちらで調合される時は、それをお使いください。それから、ドレスも念のためばあやに言って、洗いやすいものを選んでもらってくださいませ」

「わかりました」

「間違っても、前掛け姿で外にお出になってはいけませんよ。令嬢としての品位を問われますから」

「はい」

「それから…」

 延々と、メリル先生からは調合実験の仕方の講義が語られました。要約すると、「適当にしては意味がない。重さか体積を測り、一々記録を残すこと」とのことでした。確かにその通りなので、異論はありません。が、久方ぶりの講義は、緊張します。ところで、いつ開放されるのでしょう?

「そろそろ昼食の時間ですね。お嬢様、本日はお戻りください。いつでもご都合の良い時にまたお訪ねください。粉はこちらで保管しておきます」

「ありがとうございました」

 さすがメリル先生。時間を守る女です。

「そうそう。それから、お嬢様にこれを」

「何でしょう?」

 栞の挟まれた雑誌をメリル先生から受け取ります。

「『自然科学研究』?」

「自然科学に関する学術雑誌です。論文ではなく、雑記ではありますが、先日南方から帰還された冒険家のダンゼル氏の報告が載っています。その中に、南の大陸の国で化粧に使われる植物の記述がありました」

「本当ですか!」

 さっそくページを開こうとした私に、メリル先生は非情にもこう叱責されました。

「昼食に遅れますよ!全ての予定を終えてからお読みください!」

「はいぃ…」

 かくして、私がその雑記を読めたのは、その日の寝る前になってからでした。

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