第18話 状況が悪化する一方です~お母様は引き籠もりになりました~

 皆様ご機嫌よう。転生公爵令嬢シャイスタです。異母弟ジオルドを迎えてからさらに一月、今度は第二王子の婚約者として、顔合わせの登城が迫っています。幸か不幸か、私達はまだ14歳と13歳。この国で大人扱いされるのは16歳頃から。ですので、婚約式とか、お披露目パーティーとかは現段階ではありません。ただ、親と本人交えて、婚約者になった確認的な昼餐会をするだけです。相手はいけすかないクソガキ王子とはいえ、王族は王族です。親は国王夫妻です。失礼のないように、着るもの、装飾品、手土産の献上品等々神経を使って用意してきました。一々オーダーメイドなので、出来上がるまでに時間がかかって仕方ありません。ですから、注文までは大忙しで、ジオルドのための支度もあって、本当に忙しかったのですが、注文が終われば後は待つだけ。時々ドレスの仮縫いとかに駆り出されますが、まあ、割と余裕も出て来ます。

 ジオルドとは、週に1回程度一緒にお茶を飲むくらいのつかず離れずの距離感を保っています。姉弟とはいえ、ある程度育ってしまっていますから、あまりベタベタすると嫌がられるでしょうし、彼に対して複雑な感情を持つお母様への気遣いも必要ですから。それでも最初の疑い深そうな態度からすれば、無口ながらお茶に付き合ってくれているのである程度の信頼関係は作れているのだと信じています。

 問題は、お母様です。最初のうちは必要最低限の来客や訪問などには出てらしたのですが、時が経つにつれて回復するどころか、どんどん引き篭もりが強くなっていっているのです。今では全ての来客も外出も断り、家の晩餐にも顔を出さず、お父様だけでなく私でさえも全く会えていないという始末。さすがにこれはまずいと私も思い、事あるごとにさりげなくお母様に会う機会を作ろうとしているのですが…。

「ジェシカ。お母様のお召し物はお直ししなくて本当にいいの?昼餐会まであと10日しかないけれど、手を入れるなら今しかないわ。聞いてきてくれる?」

「承知しました」

 私もお母様の侍女を介してしかコミュニケーションが取れない状況が続いています。さらには、

「今のままでいいとおっしゃっておられます」

「そう…」

 お洒落には手を抜かない方だったのに、大切な昼餐会のドレスを作るどころか、装飾に手を入れたりサイズを合わせたりすることすらなさろうとしないのです。あり得ない事、そうとしか言えません。

「お母様のご様子は?」

「申し訳ありません。今日も帳を下ろしたベッドの中におられて、そばへ寄らせていただけなくて。お食事もあまり進まないようです」

「今日も…。困ったわね」

 数日前からは侍女にすら顔を見せなくなられ、寝込んでおられるとのこと。何とかしなくてはと焦るのですが、用事を作っても、お茶に誘っても、全く出て来られないのです。

「何かお母様のお好きなことで気を引けないかしら。ジェシカ。何か思いつく?」

「お菓子も試しましたが駄目でしたね。お洒落に関することも興味を持たれない…。あとは、音楽でしょうか」

「楽団を呼んで演奏会でもしてみる?」

「確か、ティチアーノという新進気鋭の歌手がお気に入りでした」

「呼んでみましょう!」

 というわけで、かなり金と公爵家の名前に物を言わせて人気歌手を呼んでみましたが。

「駄目です。気分がすぐれないからの一点張りで、出ておいでになりません」

 仕方なく、あまり歌に興味のないお父様と私との2人で人気歌手の歌を聞く羽目になりました。人気が出るのも頷ける美丈夫で、歌声も素晴らしかったのですが、女主人不在の不自然さを誤魔化すというミッションをこなすので頭いっぱいで、素直に楽しめませんでした。


「他に案はないかしら?」

「奥様のお好きなものは、後はお芝居くらいですが…」

「歌手を呼んで駄目なら、劇団を呼んでも無理そうよね」

 ジェシカとまた額付き合わせて思案しましたが、良案は出ません。

「部屋から出て来させるというだけの目的でしたら、やりようはあるのですがねぇ…」

 私に付き添っていた、元女間諜で侍女のレベッカが呟きました。これは聞き捨てなりません。

「何?話すだけ話して」

「はぁ…。よろしいですが、怒らないでくださいますか?」

「もちろん」

 こちらから意見を求めたのに、怒るなんて理不尽なことはいたしません。

「部屋から出ざるを得ない状況を作り出せば良いと思います。例えば、敵を部屋からおびき出すには、わざと火事を起こすといった手を使うことも」

「それは駄目」

「絶対やめてください。奥様は敵ではありません」

 想定外の荒技に、思わずジェシカと全力否定してしまいました。

「わかっております。これは極端な一例です。ただ、楽しいことでおびき出すだけでなく、困った事態を作り出すということも一つの手段だと申し上げたかったわけです」

「困った事態…。だけど、火事とか泥棒とか、怖い思いをさせるのは駄目よね。お母様が出て来られても、その後嘘だとばれたら、余計に拗れてしまうわ。そもそも、その後また引き籠もってしまわれては元も子もないのよ」

「その通りです」

 ジェシカも大きく頷きます。

「そうですねぇ。奥様が出て来ずにはいられなくなって、その後も留まってくださり、さらには嘘にはならずに何か…」

 レベッカの言葉遣いに違和感を覚えると共に、私の脳裏に一つの状況が閃きました。

「あ…」

「お嬢様、何か?」

「うーん。成功するとは思えないんだけど…」

「ぜひおっしゃってくださいませ」

 レベッカの促しに、私は口を開きました。

「なんだか愛情を試すみたいで気が引けるけど…」

 そう前置きして、私は小声で侍女2人に思いつきを伝えます。

「お嬢様。それは絶対奥様も出ていらっしゃると思います。何しろお嬢様は、奥様溺愛の愛娘ですから」

「あまり実感ないんだけど」

「悪くない手だと私も思います。何よりお嬢様次第でいくらでも本当に出来ますから」

「私次第っていうところが、すごくプレッシャーなんだけど?」

 レベッカの言葉には色々な含みを感じます。

「善は急げです。さっそく準備に取りかかりましょう」

「え?もう決定なの?」

「ばあやさんの説得と、小道具の準備もありますから、早い方がいいです。何より、昼餐会まであと7日しかありませんし」

「うぅ、そうね。わかった。やれることはやってみる」

 こうして、お母様を炙り出す極秘作戦が、私の心の準備を待たずに突然スタートしたのです。

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