第17話 初めまして、我が弟~お母様に代わってお姉様が世話を焼きます~

 皆様ご機嫌よう。転生公爵令嬢シャイスタです。隠し子騒動から半月。ついに、その弟が我が家にやってくる日がきました。

 王太子妃落選と第二王子妃打診に始まり、何故か隠し子告白に至った日からまだたった2週間です。私、頑張りましたわ!

 というのも、ショックを受けたお母様はあれからほとんど部屋に引き籠もってしまわれ、女主人としての役割がほとんど出来なくなっているのです。辛うじてそれまでにお約束のあった訪問などはなんとか取り繕って出ていらっしゃいますが、窶れたお顔を誤魔化すためでしょうか。昼間でもお化粧が厚くなり、そのせいかおしろいの注文数が跳ね上がっているようです。ぶつくさお父様が零しておられたので、勿論、私が「お前のせいじゃ。黙っとれ!」を上品にお伝えしておきました。

 で、何が言いたいかと言うとですね。この2週間、弟の部屋の準備に、当面の着る物の仕度に、弟付の侍従の人選。さらには、使用人達への報告と、間違っても軽んじた扱いをしないようにという訓告等々、女主人がすべき諸事の取り仕切りを、私がこなしていたんです。未だに続く淑女教育と、婚約者としての顔合わせに登城するためのドレスやら装飾品やら手土産やらの準備の傍らにですよ!淑女教育については、メリル先生の基礎教養は1年前に終えましたから、一時期よりは暇がありますが、それでも学び続けなくては腕が落ちる外国語と声楽と楽器と刺繍とダンスのレッスンは続いているのです。

 やったことのない女主人の役割はほんと疲れました。お父様に意見は伺いますが、はっきり言って家の中のことはお母様と使用人にお任せ定食だったお父様は、資金面以外役に立ちません。私の相談相手は家令のジョシュエルと、家政婦長のダニエラが専らでした。私はここの邸の娘ですが、しまわれている家具の種類や個数、取引のある店、注文から出来上がりまでどれくらいかかるのか、本当に何も知りませんでした。ですから、ほとんど彼らの提示してくる選択肢を選ぶことしか出来ず、実務は任せるしかありません。そしてただ選ぶだけなのですが、あれで良かったのか、いや、やはりこうではないか、と、後から悩んだり、後悔したり、あれこれ変更したり。その度に要望に気持ち良く応えてくれたジョシュエルとダニエラ、そして、実務部隊の使用人には感謝しかありません。

 とりあえずなんとか弟の部屋や手回り品、世話役を用意し終えたのは、実に昨日のことです。間に合ってよかった~。

 そして、昼下がり。さすがに今日は午後のレッスンはお休みにしました。待ち構える私と使用人達のもとへ、ウェーブした黒髪と、真っ黒な瞳を持った男の子が、お父様に連れられてやってきました。切れ長で少し伏せられた目は、幸い私とも似通っています。十分姉弟で通るでしょう。鼻は高く、引き結んだ薄い唇も良いバランスです。ちょっと無愛想でシニカルな感じが漂っていますが、顔が良いので長所にしかなりません。これはこれで、たぶんモテますね。

「ジオルドだ。今日から私の息子としてここに住まう。シャイスタ。お前の弟だ。ジオルド、こちらがお前の姉だ」

 必要最低限のご紹介ありがとうございますお父様。とりあえず、私はにっこり笑って会釈しました。私に敵意はありませんを最大限に表現しております。笑顔大事。で、ジオルドはと言うと、難しい顔をしています。緊張でしょうか。

「…ジオルドです。よろしくお願いします」

 おお!言葉少ないながらも挨拶ができた!素晴らしい!加点1です!親を失い、ほぼ庶民だったのにいきなり公爵家へ放り込まれるという荒波に揉まれた13歳にしたら上出来です。お姉さん、気に入りました!

「皆もよくしてやってくれ」

「かしこまりました」

 家令の返答に合わせ、使用人達が頭を垂れました。さすが公爵家の使用人達。一糸乱れぬ動きです。あ、お母様がこの場にいないことは、お察しください。まだ心が静まらないようです。

「お父様。ジオルドをお部屋へ案内してもよろしいですか?」

 長々と立たせておくのはかわいそうです。

「あぁ、頼めるか?」

「はい。さぁこちらよ。どうぞ。マックス!荷物を運んで!」

「はい。お嬢様」

 私はジオルドの先に立って部屋へと連れ出しました。時折振り返って様子を見ますが、キョロキョロする様子もなく、むっつりした顔でついてきます。なるほど。お父様が「なかなかしっかりしている」と言ったのも頷けます。子どもらしく好奇心を剥き出しにすることも、不安そうに萎縮することもない。よく言えば大人びて落ち着いた、悪く言えば可愛げがなく無愛想な子。しかし、今後貴族社会で揉まれることを考えれば、これくらいでいい気がします。

「さぁ、こちらよ。気に入るといいのだけれど」

 家具は新たに作る暇はなかったので、客室用のシンプルなものを置いています。その代わり、カーテンやクッション、寝具といった布1枚でなんとかなるものは新調しました。好みがわからないので、空色や青色の穏やかな色調のものを基調にしてみました。

「準備に暇がなかったから、あり合わせの家具を使っているのだけれど、好みや不足があればまた言ってちょうだい。あと寝間着や下着は何着か用意したのだけれど、着るものは体に合わせないといけないから、明日にでも仕立屋に来てもらうから…」

「あの…」

「ん?何?」

 ジオルドの問いかけににっこり笑って振り返ります。お姉さん、何でもお願い聞いちゃうぞ。

「なぜ、あなたがこのように僕の世話を焼かれるのですか。いくら公爵閣下の息子というふれ込みでも、あなたにとって僕は、その、異物のようなものだと思うのですが」

 おおっと…。なんて単刀直入なのでしょう。というか、私の態度は不自然でしたかね。もう少し引き気味にしておいた方がよかったか…。

「坊ちゃま、お嬢様に失礼ですよ」

 慌てて侍従のマックスがジオルドを窘めます。ちなみにマックスは当年二十歳になる物腰柔らかな青年です。何を言っても優しく聞こえるお得な雰囲気を見込んで選びました。

「いいわよ。そうね。普通は、突然腹違いのきょうだいが出来たと言われても、受け入れ難いことが多いのだもの。私の方が変なのよね」

 私は反省と共にため息混じりに言いました。

「はい。そう思います」

「坊ちゃま!」

 歯に衣着せぬ物言いは、さすがお父様の血を継いでいると言うべきでしょうか。ただ、私にはその不遜さはむしろ好ましく思えました。変に本心を隠されるよりも、直球型の方がわかりやすくて話が早いので。

「私は結婚してこの家を出る身です。私1人でこの家の後継問題まで背負うのは荷が重い」

 私はジオルドの顔を見て語りかけます。ジオルドの表情は変わらないので、何を考えているかまでは読めません。

「だから、たとえ腹違いでも、後を継げる弟がいたのなら、歓迎したいと思っています」

「でも、感情は別ではありませんか?」

 私は息を呑みました。感情…。確かに、3人家族の中に突然現れた弟の存在は、普通は気詰まりで邪魔に感じるもののような気がします。増して、お母様を追い詰めた存在でもあるのです。冷静に歓迎しようとする私は、普通ではないのでしょう。

 ジオルドは、私から目を逸らさず、私の表情を見ています。私は、久しぶりに動揺し始めていました。

「そうね。考えてみれば、私はそういう意味では、情が薄いのかしら…」

 私は気持ちを落ち着けるためにしばし目を閉じました。私は、家族の危機を予め知っています。そして、幼い時から既に中身は大人で、どうやって力をつけて将来の危機を乗り切るかを考えて行動してきました。考えてみれば、親の愛をあまり求めていませんでしたし、自分の方が大人目線で両親を見ていた気がします。どう考えても変な子です。

「ジオルド。普通はあなたの言うとおりで、家族に突然加わった他人に近い存在を邪魔に思うのでしょう。ただ、私はそこがどうもおかしくて、あなたをつまはじきにしたいとは全く思えないの」

 私は、正直な気持ちを伝えました。

「ただ、お母様はそうはいかないの。あなたの存在を初めて知って、同時にお父様の不貞もその時初めてわかって、相当ショックだったらしいの。だから、お部屋に引き籠もって出て来られないし、しばらくあなたと会うこともないと思う」

 それを聞いたジオルドの眉間に、少し皺が寄りました。やはり、気にはしているようです。

「あなたの責任ではないことよ。だけど、お母様のお気持ちも当然のことだと思う。ただ、お母様は誇り高き淑女だから、本心を押し殺して、あなたを当家に迎えることには同意してらっしゃる。少なくとも、表立って敵対はされないと思うわ。だから、いつになるかわからないけれど、お母様が落ち着かれるまでは、どうか辛抱してくれる?」

「それは…、わかっているつもりです」

 でも、ジオルドの手は握り込まれています。わかっていても、この家に自分を歓迎しない家族がいることは、心に重いのでしょう。

「私は、ただ、家族仲良く心静かに暮らしたい。だから、親の期待には応えたいし、弟が出来たなら仲良くしたい。それだけよ」

 私は、ジオルドと目を合わせました。彼の目に、今、私はどう映っているのでしょうか。信じてもらえなかったら、どうしたらいいのでしょう。

「綺麗事に聞こえます」

 あぁ、やっぱり。簡単には心開いてくれません。そうですよね。こんな婆くさいことを本気で14歳の公爵令嬢が言うなんて、思えませんよね。

「そうね。さっき会ったばかりの私を信じろという方が無理よね。今すぐ信じてくれるとは私も思っていないわ。でも、よかったら、その…」

 何て言えばいいのか、わからなくなり、私は言葉を詰まらせました。気の利いた言葉が出て来ません。しばしぐるぐると思考が堂々巡りをした後に零れ落ちた言葉といったら…、

「仲良く…、してね?」

 自分で言っておきながらなんて月並み…。しかもなんだか恥ずかしい…。思わず口元を覆って顔を上げると、

(あれ?)

 なぜかジオルドも、マックスも心なしか顔が赤い気がします。私は、余計に恥ずかしくなって、早々に自室へ逃げ帰りました。

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