第15話 最悪のタイミング~隠し子発覚と母の動揺~

「アンナベル。許してくれ。実は、私には、余所で生ませた13歳になる息子がいる。近く、私の後継として迎え入れたいと思っている」


 皆様ご機嫌よう。既定ストーリーで出て来るはずの異腹の弟がいつ登場するのかとふと考えた瞬間、お父様の口から語られちゃって、思わず(心の中で)突っ込みを入れた私です。えぇ、突っ込みを入れるしかないじゃないですか、この空気。凍ってますよ。ハハハ…。


「…そうですか」

 しばらくの沈黙の後、お母様が口を開きました。心なしか声に震えを感じますが、務めて冷静にしておられるようです。

「どなたとのお子なのです?」

 私も気になります。お父様、いつの間に余所に女性を囲っていらしたのやら。そんな素振りは全くなく、女性はお母様以外興味がない堅物だと思っていました。

 というか、気になっているのですが、私と一つ違いということは、ひょっとして…、

「すまない。実は、お前がシャイスタを身籠もっている時に、酔ってお前の侍女だったナタリーに手を付けたことがあった」

 なんですと!?それは最悪最低だけど、あるあるパターン。いや、お父様ほどの大貴族が正妻のみに一途っていう方が珍しいんですけど、そっち方面には縁がないと長年思われてきたお父様がやらかしていたとすると、尚更裏切られた感が出て…。

 恐る恐るお母様を伺うと唇を引き結んでおられます。顔色が真っ青です。

「その後しばらくして自ら実家に帰ってしまったので、私も最近までまさか子をなしているとは知らなかったのだ。だが、半年ほど前に便りがあった。病で先が短いので、どうか息子の今後を頼みたいと」

「あの、そのナタリーさんという方は今は?」

 お母様の代わりに私が質問します。とてもではないけれど、お母様に今話をさせるのは酷です。

「つい先頃、死んだ」

「そう。お気の毒に」

 見知らぬ人ですが、亡くなったことは気の毒に思います。今までお父様にたかろうともせずに子どもを育ててきたのですから、少なくとも性悪女とは思えません。

「しかし、意地の悪い質問ですが、13年も前のこと。確かにお父様の子だという証明は出来るのですか?」

 これ、重要です。この世界にDNA鑑定などというものはありません。男性側にとって、生まれた子が我が子かどうかを確かめる方法は、状況証拠以外ほとんどありません。

「いちおう調査したが、彼女に私以外の男の影はなかった。それに、髪と目の色が私と同じで、癖毛なんだ」

「あぁ…」

 実はこの世界では、漆黒の髪と目というのは珍しいのです。特にカールした漆黒の髪は珍しく、セザランド家直系の特徴とされているくらいです。ほぼ確定と考えて良いでしょう。

「…承知しました」

 お母様の声に、思わず私はビクリと肩を震わせました。いつになく低い声。怒りと悲しみと悔しさと、そしてそれを表に出すまいとする淑女の矜持が全て詰まっているようで。

「跡取りを産めず申し訳なく思っていましたが、異腹とはいえ男子がいたのは幸運なことです。どうぞ旦那様の思う通りに…」

 お母様はそれだけ言うと、裾を翻して逃げるように部屋を出て行かれました。

「あっ、お母様!」

 慌ててわたしも後を追います。しかし、

「来ないで!」

 いつになく強い口調で拒絶されました。

「1人にしてちょうだい」

 何もかける言葉が見つからず、私はただ、お母様の背を見送ることしか出来ませんでした。

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