第13話 王太子妃争奪戦の結果~あれから7年、色々ありましたわ~

 皆様ご機嫌よう。14歳になった転生公爵令嬢シャイスタです。年月飛びすぎだろうという突っ込みは受け付けません。

 この7年は、まあ、色々ありました。基本は、淑女教育とお母様にくっついて社交の勉強とに明け暮れつつ、年に数回の王子様との親睦会に勝負をかけることの繰り返しでした。重大ニュースを挙げるとするならば、家庭教師のメリル先生による、私の毒見教育のための有毒動植物収集が高じて、公爵家の庭の一角に薬草園という名の毒草園を作り、それが拡張した結果、隣の土地を買い足して動植物園になり、今や私的研究機関にまで成長しているというお話でしょうか。

 ちなみに、食材当てテストに加え、時々死なない程度に毒が盛られるという実践的教育のおかげさまで、私、即死レベルの毒でなければ、だいたい経験させて頂き、その味や匂いや盛る時の手口等々、毒が盛られた時の色々が頭に叩きこまれております。正直、何度家出しようかと思ったことか…。政敵のパーティーや茶会よりも、自宅で毒を盛られる確率の方が何倍も高いなんて、なんて本末転倒?気の休まる暇がないわ!精神年齢+25歳の人生二週目の私ですら、あまりの苛酷さに鬱になりかけたわ!

 コホン。失礼。淑女にあるまじき叫びでしたわ。

 しかし、私もまさかあの毒見教育が、私立研究所設立に繋がるとは思っていませんでした。実態は、毒物ばかり集めていると明らかに陰謀臭いので、他の無害な動植物もカモフラージュで集めているうちにどんどん大きくなってしまったという大人の事情です。カモフラージュがてら、解毒薬に始まり、様々な動植物の薬効の研究開発も行っております。ちなみに、家庭教師のみを仕事としていた頃の倍は忙しいはずなのに、メリル先生は研究を兼業としている今の方が生き生きなさっています。しょっちゅう目の下に隈を作られているので少々心配ですが。

 ゼネウス王太子殿下との親睦ですが、残念ながら毎回可もなく不可もなく、それなりに楽しくお喋りできるお友達止まりです。なにしろ、フロリアナが必ずゼネウス様にべったりくっついてますし、悪ガキ第二王子のユリウスが毎回何かしでかすし、そしたら女の子たちが私を頼ってきて、私はついユリウスを追いかけ回して叱りつける委員長的役割をこなしてしまうし…。いえ、わかってるんです。そんな「委員長」役なんかやってるよりも、フロリアナみたいにゼネウス様のそばにくっついて、か弱い乙女をやるべきだって。でも、性格なのでしょう。泣きながら頼ってくるかわいい女子を見るとつい、ほっておけなくなるんです。おかげさまで私、おばさま世代から同世代まで、女子人気は高いのですが、肝心のゼネウス様を落とせる気はしていません。まあ、その方がいいのかもしれません。王太子の婚約者にならなければ、嫉妬に狂って主人公を虐める悪役令嬢をしなくてすみますから。


 そして、私が14歳になった春のある日。私とお母様は、落ち着かない気持ちを抑えながら、自邸にいるにしては畏まったドレスを着て待っていました。

 今日、王太子殿下の婚約が内定し、お相手の元に使者が立つのです。父は登城しているので、邸で待つのは私達のみです。

「王妃様はじめ、たいていの女性陣は、あなたを推しているわ。望みはあるわよ!」

「はい」

 素直に返事をする私ですが、あまり期待はしていません。ちなみに、やることがないからと、待ちながらお茶を飲み続けているので、水分でお腹いっぱいです。

 他愛ないおしゃべりをお母様としながらも、全身全霊で外から馬車の音が聞こえないかと耳をそばだてて約2時間。ついに、蹄と車輪の音が微かに聞こえました。

「奥様」

 カチャン…。

 家令の呼びかけに、思わず私は音を立ててカップを置きました。たぶんこんな無作法は2年…いえ、3年振りくらいです。

「来られたの?」

 お母様は平然と問い返されます。流石、淑女の年季が違います。

「いえ、旦那様がお戻りに」

「…そう」

 はい、落選ですね。やっぱりね。わかります。わかってましたよ。でもね…、それでも少しは、ショックを受けるものなのですね。

「お嬢様共々、書斎へ来るようにとのことでございます」

「わかりました。お母様…」

 私は、ソファからゆっくりと立ち上がり、お母様に視線をやりました。つまり、今すぐ行きましょうと言いたいですが、優雅なオブラートにくるんで所作だけで伝えるのが、玄人の淑女です。

「行きましょうか」

 お母様も、普段通りにゆったりと立ち上がられます。見た目はあくまでも平常心です。恐らく私と同じで内心は非常事態宣言でしょうけれども。落ち着き払ったふりをした私達は、家令の後に続き、お父様のもとへ向かいました。

「来たか」

 お父様の書斎へ入ると、お父様は少し眉間に皺を寄せながら窓から庭を見ておられました。お顔に書いてあるようです「落選」と。

「お帰りなさいませ」

 お母様と共に私も会釈しました。親しき仲にも礼儀あり。単刀直入に用件を聞くのは無粋ですから。

「2人とも、そこへ掛けなさい」

「はい」

「はい」

 しかし、勿体ぶらずに一言、『王太子の婚約者は〇〇嬢に決まった。残念だ』で良いのではないでしょうか。ソファにかけて額付き合わせてまで話すようなことはない気がしますが。

「残念ながら、ゼネウス殿下の婚約者はミッドレスター公爵令嬢フロリアナと決まった」

 やっぱりね。

「駄目でしたか…」

 お母様が遠い目をして嘆息されます。

「力足りず、申し訳ありません」

 いちおう謝っておきます。期待に応えられなかったのは確かなので。全く私自身はがっかりしてませんし、悪いなんて思ってませんけどね。むしろホッとしています。

「ゼネウス殿下も女を見る目がないわ」

「お母様!」

 不敬ですよ。お母様。

「頼むから余所で言うんじゃないぞ。しかし、別の縁談が持ち上がっている。今日はその話もするために呼んだ」

 気の早いことです。さっきまで私は王太子妃候補だったはずなのに。

「別の縁談?」

 お母様も訝しげに問い返されます。

「どなたとですか?お父様」

 いちおう聞き返しますが、ゾワリと鳥肌が立ちました。嫌な予感がします。この早すぎるタイミングで発生する縁談など一つしか考えられません。

「第二王子、ユリウス殿下とだ」

 束の間、書斎が静まり返ります。


 いや~~~!


 心の中で、私は悲鳴を上げました。

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