第11話 いざ、出陣!~初めての社交は戦場なのです~

 皆様ご機嫌よう。転生公爵令嬢シャイスタです。

 レベッカ登場から1ヶ月弱。遂に、私は出陣します。

 どこへって?ミッドレスター公爵家です。

 他家へ遊びに行くだけで「出陣」とは大袈裟なと思ったそこのあなた!

 私もそう思います。

 どう考えてもお父様の被害妄想と過保護のミックスの結果、ありもしない戦場がミッドレスター公爵家に被って見えているだけのように思うのですが、まあ、用心に越したことはないので…。


「くれぐれも、用心するんだぞ」

「はい。お父様」

 お父様は、登城前に、何度も念を押します。ちょっとしつこいですが、これも親心と思えば、笑顔で我慢です。

「大丈夫ですよ。私も一緒なのですから」

「あなたも用心しなさい」

「はいはい」

 お母様はお父様の心配を軽く流します。流石お母様。お父様相手でもマイペースは崩しません。いえ?お父様だからなのでしょうか?思えば、お母様が我が家以外の方と関わっているところをほぼ見たことがないのですから、わかりません。そういう意味では、今日のミッドレスター公爵家訪問は、お母様の社交術を見る良い機会でもありますね。

 さて、心配性の塊、もとい、お父様を見送ってホッと息を吐こうとしたその時です。突然お母様から檄が飛びました。

「さ、では、急いで湯浴みをするわよ!シャイスタもね!ばあや、シャイスタをお願い。徹底的に磨き上げて!」

「承知しました」

「ジェシカ!ロージー!さぁ、手伝って!完全武装よ!」

「はい」「はい」

 あ、ジェシカとロージーは、お母様の侍女です。というか、お母様まで、ミッドレスター公爵家を戦場だと勘違いしてませんか?

「お母様!確かご招待はお茶の時間では?」

 まだ、朝ご飯終わったところですよ?

「そうよ。それまでにまず湯浴みをすませて、全身マッサージをして、早めの軽食をつまんだら、お化粧とドレスアップよ!早め早めにしても遅くなるんだから、すぐにも取りかかるわよ!」

「そ、そうなんですか…」

 ごく当然とばかりにお母様はそう言うと、ジェシカとロージーを引き連れて行ってしまわれました。昼の茶会ですらこうなんですから、夜会の時は…。そう言えば、夜会のある日は、お母様、昼からお見かけしたことがありませんでした。こんな感じでお仕度されてたのですね。きっと…。

「さ、お嬢様も参りましょう」

「う、うん」

 正直ついていけません。が、公爵家の令嬢たるもの、たとえ子どもであっても、隙のない完璧な状態で外へ出なければならないのでしょう。あれ?王子様のお誕生日会の時はここまで気合い入ってたっけ?

「ミッドレスター公爵家がお相手ということで、奥様かなり気合い入っておられますね」

 後ろでぼそりと執事が呟くのが聞こえました。


 さて、お風呂とマッサージとを済ませ、昼食に軽い物を食べてドレスアップが終わったのは出発の30分ほど前でした。ちなみに、知らないうちによそ行きドレスが増えていて、私はたいそうびっくりしました。ばあやは当然という顔でしたが。

 お子様の私は、お化粧の必要はないので、割と余裕をもって仕度を終えられました。余った時間はメリル先生との、「茶会のマナー&受け答え講座~復習編~」にあてられました。

「お母様は?」

 ところが、お母様の方は、出発5分前になっても出て来られません。すでに私は玄関ホールに待機しているというのに。

「ちょっと聞いてまいりましょう」

 控えていたレベッカがそう言ってお母様のお部屋へ向かいましたが、すぐに戻ってきました。

「今、来られるそうです」

「そう」

 そして顔を上げた途端、お母様が入って来られました。所作は優雅ですが、歩くスピードがいつもの2倍速です。どうやったら優雅なままで高速移動出来るのでしょう?そして、昼にぴったり、うす付きだけれどそれ故にこだわったであろうお化粧に、すっきりと形良く結われた髪、最新流行レースたっぷりの白いデイドレスが決まっています。

「お待たせシャイスタ。では、行きましょうか」

「は、はい」

 少々呆気に取られていたもので、反応が遅くなってしまいました。お母様は何食わぬ顔で平常運転です。

「奥様、お嬢様、行ってらっしゃいませ」

 ばあやと侍女達が、うやうやしく見送る中、私とお母様、と、レベッカは馬車に乗りました。今日の付き添いの侍女はレベッカです。元々私の護衛でもあるので当然ですが。ちなみに、手土産は、ミケーレのチョコレートです。えぇ、お友達が食べたがっていたのですもの。持って行って差し上げるのです。もちろん、王太子殿下にも献上済みです。本当は私が自ら持参して、王太子殿下と親交を深めたいところですが、同性ならともかく、異性の子どもとは面会の機会を制限されているらしいので仕方ありません。王太子妃を狙う女子がひっきりなしに遊びに来てしまっては殿下もたまりませんからね。

 ミッドレスター公爵邸は、我が家からは少し離れた、貴族街の中でも比較的街中に近い場所に構えられていました。ミッドレスター公爵家は、先王の弟が臣籍降下した折に興した家なので、邸も新しく、故に立地も街寄りなのです。ちなみに、我が家、セザランド家は、初代国王の弟2人がそれぞれ臣籍降下して出来た家の片方なので、貴族として最古参の由緒正しき血筋です。ですから、邸も貴族街の奥にあります。静かですが、ぶっちゃけ街まで遠くて不便だと思います。

 家の古さが貴族としての格を上げるので、同じ爵位でも普通は初代が古い方が上です。しかし、現王家との血が濃いのは、ミッドレスター家の方な上、当主は外務大臣を務めているので、我が家とどっちが上かというと難しいところです。ま、軍部総司令官のお父様の影響力も半端ないので、うちが下ということはありません。ここは断言します。

 着いたお邸は、白壁がまだ新しさを残している洒落た外観でした。これ見よがしに門の正面に噴水が設けてあるのが特徴的です。さて、いよいよフロリアナと、そのお母様との対面です。ここまでが長すぎて最早私の中ではほぼ1日が終わりに近づいている気すらします。

 玄関ホールに通されると、フロリアナと、そのお母様である公爵夫人が待っていました。

(…)

 えっと、とりあえず人の容姿をあれこれ言うのは下品の極みなのですが、妖精のようなフロリアナのお母様もまた妖精のようなほっそりした御方を想像していたのですが、想像よりはこう、ぽちゃっと?してる?いえ、お顔だちはこう、垂れ気味の大きな瞳といい、抜けるような白い肌といい、麗しいのですが…。

「久し振りね。シルヴィア~」

「アンナ、会いたかったわ~」

 そして、突然のお母様どうしの抱擁。あれ?お母様、ミッドレスター公爵夫人と、そんなに仲良しなの?え?私、色々とついていけません。

「シャイスタも大きくなって~」

「ご機嫌よう。本日はお招きありがとうございます」

 面食らってる場合ではありません。ここはとりあえず磨き抜かれた淑女礼を一発かましときます。

「あら~。なんてお利口さんなのかしら。ほら、フロリアナもご挨拶なさい」

 公爵夫人がフロリアナを促します。先手をとった私はちょっとした優越感に浸ります。

「ようこそいらっしゃいました。どうかごゆっくり」

 くっ、可愛い…。悔しいですが、見た目はほんとに妖精なのです、フロリアナ。小首をほんの少しかしげて上目遣いで礼をされると、張り合うライバルとわかっていても、キュンとくる可愛さです。

「さぁ、こちらへどうぞ。サンルームでお茶にしましょう」

 私たちはサンルームへ通され、お茶を片手にしばし歓談タイムとなりました。もちろん、メリル先生とレベッカ仕込みの毒見作法も忘れません。銀のスプーン異常なーし!!香よーし!一口飲んで怪しい味なーし!

「何年ぶりかしら~」

 公爵夫人がそう切り出しました。

「3年ぶりよ~。出産が続いたのは知ってるけれど、あなたったら、ちっとも社交の場に来ないじゃない?少しは出ていらっしゃいよ。気分転換になるわよ?」

 これは、ジャブ入ってますか?奥様界隈では、社交界の女王として君臨するお母様です。社交界から引き篭もり気味な公爵夫人との差をさりげなくチラつかせているのでしょうか?それにしても、フロリアナには弟や妹が複数いるのですね。知らなかった。

「出たいのは山々なのよ~。でも妊娠すると主人が心配して出してくれなくってぇ」

 おおっと、公爵夫人からの反撃が返りました。旦那様に大切にされてるアピールです。

「まぁ、相変わらず閣下はあなたに夢中ね。羨ましいこと」

 スッと引いて攻撃をいなすお母様。次の攻撃力を溜めています。

「うちなんて、あんな堅物でしょう?優しい言葉の一つも言わないのよ~。代わりに物でご機嫌とりしてくるの。これも前の私の誕生日に黙って届けてきたのよ~。おめでとうくらい言いなさいよね~」

 はい。愚痴に見せかけたプレゼント自慢きました~。大粒パールのネックレスです。パールは下手な宝石より高いので、あれだけの大きさと粒を揃えたら、相当なお値段でしょうね。知らんけど。ちなみに、確かにお父様は堅物で、女性の扱いは下手そうですが、お母様のことはかなり気遣っている、というか、頭が上がらない感じです。私からは惚れた弱味に見えます。

「素敵~。いいじゃない、言葉がなくても態度が示すってこともあるでしょう~。私もたまには欲しいわ~。でも、赤ちゃんがいるとなかなか宝石なんて付ける機会がねぇ」

 はい。さりげなく子沢山自慢に軌道修正です。うちの子どもは私だけですから、子どもの人数ネタでは公爵夫人が有利です。しかも、子どもネタでは相手を落とすとこっちが悪者になりかねないので、この土俵で戦うのはお母様には難しい。さて、どうする?

「あら、赤ちゃんのお世話は乳母がいるんでしょう?任せて外に出ればいいのよ。閣下におねだりして、出てらっしゃいよ。この際だから、ドレスもアクセサリーも新調して、ね?」

 お母様の攻撃。公爵夫人は動揺している。唇の端が一瞬ぴくついたのを私は見ました。どうも、社交の場に出たら?というおすすめは、公爵夫人にとって突つかれたくないところのようです。

「そうね。引き籠もってばかりはよくないわね。考えてみるわ」 

 公爵夫人、一旦撤退のようです。この試合、お母様がとりあえず一勝でしょうか? 

「でも、赤ちゃんってかわいいのよね。見ていると幸せで、ずっと傍で見ていたくなっちゃうの」

 カーン!第二ラウンド開始のゴングが私の頭の中で鳴り響きました。どうあっても子どもネタで戦うつもりの公爵夫人です。

「ねぇ、フロリアナ?」

「うん。赤ちゃん私も大好き」

 ここでフロリアナを使ってきます。大人の会話に子どもを巻き込む!なかなかあざといやり口です。

「あなたもシャイスタだけじゃなくて、もう1人くらいどう?きょうだいがいないと寂しいものよ?」

 公爵夫人からの連続攻撃。お母様、やや笑顔が硬くなっています。効いてる!これは効いてる!

「望んでるのよ。でもね…」

 おおっと、ここでまさかの泣きおとし!お母様、公爵夫人の言葉に傷付いた感を演出して、ウルウルし始めました。プライドは山の如く高いはずのお母様ですが、プライドを捨てて弱味を見せ、相手を悪者に持って行く戦法のようです。両者、なり振り構わなくなってまいりました!

「まぁ!そうなの?私ったら、無神経だったわ。ごめんなさい。てっきり私…」

「いいのよ。そんなこと、人から見たらわからないものね」

「いいえ。ごめんなさい。お詫びに、子宝を授かる秘訣、お教えするわ。私もフロリアナを授かるまで色々やったのよ」

「ほんと?ありがとう」

 えーっと、うっかりお友達を傷付けちゃって慌てるほんとは優しい私と、お友達を寛大に許してあげる優しい私の2人芝居な茶番劇です。ぼちぼち聞いてる私も辛くなってまいりました。この後は大人の会話になりそうですし、ここは空気を読みつつ逃げましょう。

「ねえ、お母様。私、フロリアナと遊んできていい?」

「もちろん。フロリアナさえよければ、どうかしら?」

 お母様、きっちり乗っかってくださいました。ありがとう、お母様。

「そうね。よかったら、お庭で遊んでらっしゃい。フロリアナ、案内してあげなさい」

 公爵夫人にとっても渡りに船のようです。お許しあっさり出ました。フロリアナがトンと、ソファから飛び降ります。

「はい。じゃあ、行こう?」

 ぎゅっと私の右手を両手でつかんで無邪気に笑うフロリアナ。妖精です。思わずこちらもにっこりします。

「うん!」

 子どもらしく私も元気よく返事をしました。そして、フロリアナと共にサンルームを脱出したのです。

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