第9話 元間諜、侍女になる~もぎとれ!女間諜の忠誠心~

 皆様ご機嫌よう。転生公爵令嬢シャイスタです。第一王子様のお誕生日会から1週間。こんな短期間で、私の護衛兼侍女兼師匠がやって来ました。どんなリクルート手法を使えば、そんな人材をこの短期間で用意出来るのでしょう?公爵家、恐るべし。


「レベッカ・ノーマンと申します。ノーマン子爵家の縁戚に当たるものです。以後、真心込めてお仕えさせていただきます。どうぞお引き立てを」

 7歳児にうやうやしく口上を述べるレベッカは、想像とは違い、実に平凡な、印象の薄い女性でした。いえ、顔は割と整っていますから、着飾れば美人だと思います。ただ、装飾のない茶色のシンプルなドレスを着て、髪を引っ詰めていると、なんというか、存在感が薄いのです。年齢も、恐らく20をいくらか越えているくらいに見えますが、見ようによってはもっと若くも年上にも見えそうです。「まあ、護身術の心得のある侍女が来ると聞いてどんな怖い方が来られるかと思っていましたけど、普通の方で安心しましたわ」

「ばあや…」

 ばあや、口が正直すぎます。あと、見た目で人を判断しすぎな気がします。

「ところで、あなたは毒殺に関する実践的知識はおあり?」

 今度はメリル先生です。主人である私を差し置いて口を出してくるとは!それが淑女の作法ですか!なんてことは言いませんし、言えません。しかし、メリル先生にしては珍しく前のめりです。しかも、聞いてる内容が不穏!普段はこんな無作法あり得ません。

「一通りのことは学んでおります」

「では、後で是非ご教授いただきたいのです。私めは毒の元となる動植物や鉱物の知識はありますが、悪用する時の手口がわかりかねますので、お嬢様の指導に困っていたのです」

「承知しました」

 え?先生、毒物にも詳しかったの?え?それともまさか、この1週間で勉強したの?っていうか、毒対応指導にやる気ありすぎじゃない?

 いやいや、本題に戻らなくては。7歳児とはいえ、私は主人として新入りに言葉をかけるべきだと思うの。

「レベッカ」

「はい。お嬢様」

「あなたが来てくれて嬉しいわ。ところで一つ聞きたいのだけれど」

「何でしょう」

 私はすーっと息を吸った。

「あなたの主人はお父様?それとも、私?」

 えぇ、これを聞くのはなかなか勇気がいりました。いえ、これはどちらかと言えば、プレッシャーをかけています。ある種の圧迫面接です。いや、採用は決まっちゃってるんですけどね。

 私は、ドキドキしている胸のうちを押し隠して、じっとレベッカの目を見ました。レベッカは少し驚いた顔をしましたが、すぐに微笑んで答えました。

「私は、お嬢様にお仕えしたく、こちらへ参りました」

 その答えに、私も負けじと殊更にっこりと微笑みました。

 実のところ、私の使用人は、私に仕えているようでいて、実際は公爵家の当主のもの、すなわちお父様のものです。だから、私の意志と父公爵の意志が異なれば、最終的には父公爵に従わざるを得ないのです。ばあやのハンナも、メリル夫人もそうです。本来は、レベッカもそのはずです。が、レベッカの使命は、シャイスタを鍛え、守り抜くこと。ならば、と、私は考えました。

(もしもお父様と私が意見を異にしたとしても、私を守ることが使命なら、レベッカは私につくことを許されるのでは?)

 例え親子といえど、未来永劫仲良しとは限らないし、そもそも私のためにという名目とはいえ、すでにお父様もお母様も行き過ぎなくらい私に厳しい教育を施しています。私の中身が7+25歳じゃなければ確実におかしくなっているくらいに。まあ、耐えられてしまっているから、この淑女教育が行き過ぎなことに2人とも気付いていない気がしますが。そこへ持ってきての女間諜な侍女です。これが敵に回ると大変です。是非とも、私に忠誠を誓ってもらわなくては。

「レベッカ、じゃあ、これをあげるわ」

 私は、紅色のリボンを差し出しました。

「お嬢様。それは近頃気に入ってよくつけてらしたものでしょう。急にどうされたのですか?」

 ばあやが驚いています。まあ、そうでしょうね。私も使用人に何かをあげるなんてことは初めてです。

「レベッカは初めての、私が主人になる侍女なのでしょう?主人は侍女に自分のいらなくなったドレスや小物を下げ渡して労をねぎらうと聞いたわ。私はお給金は払えないし、私のドレスじゃサイズが合わないから、せめてお気に入りをあげたいの」

 私はまっすぐにレベッカを見つめて言いました。

「受け取ってくれる?レベッカ」

 そして、私に忠義を尽くしてくれる?

 まあ、こんなことで簡単に女間諜を落とせるとまでは思ってないけれど。とりあえずの掴みにはならないかしら?

 レベッカは、一瞬目を丸くしていましたが、すぐに微笑んで両手でリボンを捧げるように受け取りました。

「そういうことなら、ありがたく頂戴いたします」

 私はホッと息をつきました。

「これからよろしくね。レベッカ」

「こちらこそ、お嬢様」

 こうして、女間諜レベッカと私は、主従の契りを結びました。その効力とか絆とか、そういうのがどの程度かは、私にもわからないけれど。たぶん、リボン一本分くらいは、あるよね?

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