第8話 毒にも負けず、刺客にも負けず~親心は全て訓練と化します~

「はい!すぐに吐き戻す!」

「う…!無理…」

「思いきりよく指を奥まで突っ込む!こう!」

「オエーッ!」

 皆様、いきなりの汚いシーンで失礼しました。転生公爵令嬢シャイスタです。何をしているかと言いますと、毒を飲んだ時の応急処置の訓練です。なぜこんな訓練をしているかと言うと、話はあの悪夢のカエル事件にまで遡ります。


 帰りの馬車の中、私は項垂れながら両親に詫びました。

「ごめんなさい…」

 なにしろ、カエルを手に乗せた状態で、カエルに謝れ!カエルが何をした!と、カエルカエルとうるさくわめき、挙げ句の果てに蘇生したカエルに驚いて、可愛くない悲鳴と共に尻もちをついてドレスを汚すという大失態。なんて令嬢だと、ひそひそされているに違いありません。そう思うだけで、目に涙が込み上げてきました。

「何を泣いている?シャイスタ。お前は何も悪いことなどしていないぞ」

「そうよ。むしろ王妃様からの評判は上々よ」

「え?」

 意外な言葉に、私は驚いて両親を見上げました。2人ともにこやかです。先ほどの言葉に嘘はないようです。しかし、なぜにあんな失態を犯した私の評判が上がるのか、さっぱりわかりません。首を傾げていると、お母様が教えてくださいました。

「カエルが苦手なのを我慢して救い出し、悪戯王子にも物怖じせずに苦言を呈するなんて、子どもながらに何て出来た令嬢かしらって。ふふ」

 ご機嫌そうに含み笑いをするお母様。うんうんとその横で頷くお父様。私はようやく、肩から力を抜きました。

「それでね。シャイスタに是非遊びに来て欲しいって、いっぱいお誘いがきてるの」

 その母の言葉でシャイスタも思い出した。

「あの、そう言えば、ミッドレスター公爵令嬢のフロリアナ様からもお誘いがありました」

 ふと思い出して、そう言った途端、

「駄目だ!」

 お父様の大声に私は思わず飛び上がりました。怖いです。お父様は強面なので、怖さ倍増です。引っ込んだ涙もまたせり上がります。

「あなた、シャイスタが怯えてるわ」

「む、大きな声を出して悪かった」

 コクコクと私は頷きましたが、まだ心臓が跳ねていて、声になりません。そこへ被せるようにして、お父様はおっしゃいました。

「他家への訪問は駄目だ。ミッドレスター公爵家など特にもってのほかだ」

「あなた」

 そこへ、お母様が割り込みます。いつもマイペースで、飄々としていらっしゃるお母様にしては珍しいことです。

「そもそも7歳になるまで、同じ年頃の子ども達と全く交流がないというのも珍しい話なのですよ。今までは大病の後病弱で、と、断ってこれましたが、今日のこの子の姿を見て、病弱はもう通用しないでしょう。何と言ってお断りになる気?」

「そ、そんなの、何とでも…」

 お父様、しどろもどろです。

「そもそも、王太子妃を目指させるのなら、社交は今後重要なのですよ。あなたは、この子をどうなさりたいの?ただ引き籠もっているだけでは、王太子妃競争を勝ち抜けるわけがございません」

「うぅ…、しかし…」

「そもそも、この子の病が毒を盛られたせいではないかという話も、あなたの推測でしかないのでしょう?」

「アンナベル!」

 また、お父様の大声です。先ほどよりましですが、私の体はビクッと反応してしまいます。何だかその前のお母様の言葉も穏やかではありませんが、7歳児には、内容よりも音量の方が影響力大なのです。

「あんな奥歯に物の挟まったような忠告の仕方では、どちらにせよこの子もフロリアナ嬢の何に気を付けてお付き合いすべきかわかりませんわ。妙な誤解を生むだけです」

「し、しかし…」

「お父様」

 ようやくお母様の発言内容が脳髄に染みわたった私は、お父様を問い質すことに決めました。

「4歳の頃の私は、病で伏せったのではなく、毒を盛られたのですか?」

「いや、その…」

「心配性のお父様の推測にすぎませんよ。たまたま、シャイスタが倒れた日が、初めて他家へ訪問した日で、そのお家がミッドレスター公爵家だったというだけです」

 初耳でした。それで、フロリアナは私のことを知っていたのですね。

「しかし、あまりにもタイミングが合いすぎていたんだ!」

 お父様は、お母様に反論を始めます。

「ですが、シャイスタの様子は、流行病と同じだったではありませんか」

「流行病に見せかけてシャイスタを葬ろうとした可能性は十分にある。シャイスタさえいなければ、フロリアナのライバルは格下ばかりになるからな」

「流行病そっくりの症状を出す毒などあるのですか?」

「病人の唾を茶に混ぜたとか、シャイスタの傍にこっそり病人を置いたとか」

 私は思わず頭を抱えました。確かに、動機とタイミングだけならばミッドレスター家は怪しいです。しかし、私だけを狙って流行病にかからせるのは現実的ではありません。まして、流行病そっくりの症状を出す毒など、たぶんありません。毒ならば、神経毒で窒息したり、びらん毒で体の組織が壊れたり、食中毒症状が出たりするものです。感染症とは症状が違いすぎます。え?なんで詳しいかって?食品メーカー勤めの時に食中毒の研修の一貫で習ったからですよ。

「とにかく、シャイスタの安全を第一に考えなければならん」

「それはわかりますが、社交も必要ですわ。いったいどうすればシャイスタを安心して送り出せますの?」

「毒を盛られようが、刺客を送られようが、無傷で帰ってくる手段を講じれば、だ」

 いや、無理でしょう。私は心の中で突っ込みました。

「では、シャイスタを訓練しましょう」

「はい?」

 突然のお母様の提案に、私は裏返った声で返事をしてしまいました。

「明日から、毒を口にしたときの対処法、よく使われる毒の見分け方、そして、淑女としての護身術を習わせます。基本的な毒の知識はメリル夫人もおありでしょうからさっそく始めます。あなたは、護身術を教えられてついでに侍女の振りをして護衛もできる女間諜みたいな有能な人を雇ってください。よろしいですわね?」

「え?あ、うん…」

 お父様、気圧されています。え?これって、本当に私、毒にも刺客にも無敵になるための、軍人並みの訓練を受けさせられるという展開なのですか?

「シャイスタ、頑張ってね」

 にっこり笑いかけて激励の言葉をくださるお母様。ちょっと待って。なんで余所へちょっと遊びに行くだけで、私、こんな過酷な状況になってるの?むしろ、もう他家訪問なしでよくない?

「あの、お母様…」

「シャイスタ」

「ひゃい!」

 一段低くなった凄みのある声です。先回りして言葉を封じられた感があります。

「淑女の一番の役割は、お世継ぎを生むことですが、次に大切なことは、他家とのお付き合いを通じて旦那様をサポートすることです。ただ家に引き籠もって子を育てるだけですむとは思わないこと。そのためには、幼い頃から人脈を作り、のし上がる必要があります」

「は、はい」

 のし上がるって言いましたね、お母様。涼しいお顔をしてどんな修羅場を踏んできていらっしゃるのでしょう?

「まして、あなたは王太子妃候補筆頭の1人!子どもなりの社交デビューが遅すぎるくらいです。それでも、今日で大分評判を上げましたわ!流石私の娘!このままの流れで淑女のトップを取りますわよ!」

 いつになくぐいぐいくるお母様。らしくありません。

「あの、お母様。言ってらっしゃることはその通りですが、本音は?」

「私の自慢の娘を見せびらかしたいのです!」

「アンナベル…」

「やっぱり…」

 お父様と私は同時にため息をつきました。


「お嬢様。奥様よりお話は伺いました」

 翌日、メリル夫人が毒の対処法についての授業を加える旨を伝えてきました。

「あ、あの、先生。本来の先生のお役割を越えたお願いかと思うのですが、無理なら無理とお断りになっても…」

 一縷の望みをかけて私は言いました。

「いいえ!流石に体術はお教え出来ませんが、知識と技能に関することであれば、急ぎ習得してお教えします!私に教えられないことなどございません!」

 なぜかメリル夫人も熱いです。

「まずは、毒物を口にしたときの基本的な対処法の訓練から始めましょう。これならば、私も習得済みでございます」

 そして、冒頭の吐き戻しシーンに戻るのです。トホホ…

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