第6話 王太子妃争奪戦デビューのお誕生日会~ライバル登場!銀の妖精 vs 薔薇の姫~

 皆様ご機嫌よう。転生公爵令嬢シャイスタです。

 今日はお勉強はお休みです。なぜなら、お誕生日会に行くからです。

 え?お友達が出来たのかって?そんな暇あると思います?

 なら、誰のお誕生日会かって?

 王子様のです。同い年の王子様のお誕生日会です。王族と親睦を深める数少ない機会。お父様からのプレッシャーもかかっています。が、正直あまりやる気になれません。だって、王子様の婚約者=主人公のライバルということですからね。しかし、あからさまに避けるようなことをすれば、親子関係破綻からの死亡フラグにつながりそうです。なんとか穏便に落選できないものでしょうか。

「いいか?今回は王太子殿下のお誕生日会ただ。王太子殿下を!第一に!仲良くするんだぞ!」

 この日のために新調されたドレスに身を包み、私と両親は馬車で王宮に向かいます。ドレスに身を包む前も、やれ、お風呂だ肌の手入れだとドタバタ大変だったのですが、必要経費もとい、必要な準備と無理矢理納得して耐えました。ちなみに、本日のドレスは真っ赤な生地に胸元、袖口、スカートの裾に白色のフリルとレースがあしらわれた、シンプルさと可愛らしさを併せ持った逸品です。お母様とばあやとドレス職人が、あぁでもないこうでもないと、当人の私が引くほど悩んで作り出しました。あ、これ、絶対汚しちゃ駄目なやつだと、王族との面会よりも、ドレスの現状維持の方で緊張する私ですが、お父様の訓告もきちんと聞ける良い子です。

「はい。お父様」

 ただの子どもなら言葉通りに受け取ったかもしれませんが、精神年齢25+7歳にはわかります。つまり、王太子殿下を落とせ!と言っているわけです。第二王子じゃないぞ!という意味でもありますね。我が王国の王子様は年子で2人。第一王子であり、王太子であるゼネウス様と、一つ年下の第二王子、ユリウス様です。どちらも王子ですが、国王になれるのはどちらか1人。どちらも王妃様の実子でいらっしゃるし、特に第一王子様に心身の問題なども聞かないので、順当に考えて第一王子が将来の国王です。故に、将来の王妃の座を勝ち取るためには、第一王子ゼネウス様の妃に選ばれなくてはなりません。個人的には落選希望ですが。

「それから、ミッドレスター公爵の娘のフロリアナ嬢には特に気を付けなさい」

「?はい」

 お父様の何とも言えない歯切れの悪い忠告に首を傾げる。気を付けろと言われても、どう気を付ければよいのか…。

「あの、仲良くすればよろしいのでしょうか?」

「いや!あぁ、まあ、仲が悪いよりは良い方がいいのだが、まぁ、ともかく気を付けなさい」

「はぁ…」

 さらに歯切れの悪い返事しか返らなかった。

「何なのかしら?」

わざと小さく声に出してみましたが、お父様はそれ以上答えず、隣に座るお母様は手鏡でお化粧をチェックするのに余念がなく。かくして、モヤッと感を抱えたまま私は王宮へと入ったのです。



 初めて見る王宮は、それはそれは輝いていました。真っ白な外壁。中へ入るとこれも白い大理石が張り巡らされた床。真ん中には真っ赤な絨毯が敷かれており、白と赤のコントラストがそれは美しい大廊下です。ところどころに色鮮やかな絵画や金色の彫刻が飾られていますが、良い意味で数が少なく、ゴテゴテした感じを受けません。慣れた様子の両親に連れられ、私はキョロキョロしたくなる私の首を制しながら絨毯の上を歩いて行きました。

 やがて中庭へ出る出入口へ辿り着きます。そこには侍従と思われる男性がいて、私達を案内してくれました。中庭は、青々とした緑が基調になる中、そこかしこに季節の花が咲いています。そして、少し開けた芝生の広場に、ガーデンパーティの用意がされ、すでに集った大人達が談笑し、周りでは同年代の子ども達が駆け回っていました。

(え?)

 私は衝撃を受けました。パーティの豪華さにでも、人の多さにでもありません。私のイメージしていた貴族の子ども達と目の前の子ども達の振る舞いが違いすぎることにです。

 私のイメージする貴族の子女というものは、小さい頃からお行儀が良くて、走ったり、大声を上げたりなどせず、喧嘩なんてもってのほかで、それこそ小さな大人のように談笑するか、スポーツに興じるか、というようなものでした。ところがどうでしょう。目の前の子ども達は、私のよく知る庶民の子ども同様に、庭を走り回り、時には大声で叫び、笑い、喧嘩して泣いているのです。

(あれぇ?)

 確か、メリル先生はおっしゃっていました。

『淑女たるもの、例え幼くとも、みだりに駆け回ったり、大きな声を上げるものではありません。名門に生まれし者は、いついかなる時も、人々の模範としてあらねばならないのです』

 目の前の子ども達のふるまいは、どう考えても普通の子どもです。人々の模範は、どこへ行ったのでしょう?

 「まずは、国王陛下達にご挨拶だ。失礼のないように」

「あ、はい」

 ボーッとしている場合ではありません。私は両親に連れられて、一際貫禄のある男女の前に連れられて行きました。国王夫妻です。翡翠色の瞳に、黄金色の豊かな髪がライオンのたてがみを思わせる国王ラウス4世、そして、並び立つ王妃テミス様は栗色の髪に深い青が印象的な瞳をなさったグラマラスな美女です。

「これは、セザランド公爵。ようこそ。そちらがご息女かね。夫人に似てもうこの年から美しいね。まるで薔薇が咲いたように華やかだ」

「過分なお褒めにあずかり恐縮です。さ、ご挨拶を」

 お父様に促され、私は練習通り、足を引きスカートの裾を持って頭を低く沈めました。

「シャイスタと申します。本日はゼネウス殿下のお誕生日を心よりお祝い申し上げます」

 動きが速くなりすぎないよう、滑らかに。会心の淑女礼を私は繰り出しました。えぇ、毎朝30回の基礎練習に加え、綴りを間違える度、計算を間違える度、それぞれ30回罰代わりに行ってきましたから。これで出来なきゃおかしいのです。

「まあ、美しい動きをされるのね。大人顔負けだわ」

 どうやら合格のようです。王妃様からお褒め頂きました。出来て当然とは思えども、やはり人から褒められるのは嬉しいものです。思わず顔も綻びます。

「さぁ、ゼネウスはあそこにいるわ。是非仲良くしてね」

「はい。王妃様」

 つつがなく国王夫妻への挨拶をすませた私は、いよいよ本命の第一王子、ゼネウス様の元へ向かいました。ゼネウス様は、男女問わず子ども達に囲まれながら何かで遊んでいます。国王陛下と同じ黄金色の髪に、王妃様と同じ蒼い瞳の、優しげな男の子です。

「おや?君とははじめましてだね?」

 傍に近付いただけで、お声がかかるとは、流石です。なぜなら、身分が下の者から上の者へ声をかけるというのは、基本的にマナー違反になるので、お声がかかるまで私は傍に寄っても話しかけられなかったかもしれないからです。まあ、7歳ですから、いざとなったらついうっかり声を掛けるつもりでしたが。ですから、新参者を素早く認めて声をかけるということは、王子として実にわかっていらっしゃる、素晴らしい対応だと私は思います。

「はい。セザランド公爵の長女でシャイスタと申します。どうぞお見知りおきを」

「僕はゼネウス。よろしく」

 気さくなお声がけも好感度高し。将来の婚約破棄展開を知らなければ、是非ともゲットしたい優良物件です。

「何をなさっているのですか?」

「父上からプレゼントに頂いた兵隊で遊んでいるんだ」

 見ると、木で出来たたくさんの兵士の人形が芝生の上に置かれています。この国の玩具にしては精巧な作りで、顔立ちは子ども受けする愛嬌のあるものですが、描かれた制服は緻密なものですし、歩兵だけでなく騎兵もいて、持っている武器も銃に剣に槍にとなかなかバリエーションに富んでいます。それを、集まった子ども達がそれぞれに動かしているようです。

「すごい。よく出来ていますね」

「そうだろう?」

「殿下は騎兵がお気に入りなのよねぇ?」

 割り込んできた澄んだ声にふと顔を上げると、妖精のような女の子がいました。薄い金髪は、一本一本が細く、ふわふわしていて、線の細い輪郭を彩っています。少し垂れた大きな目は、翡翠の色。肌は向こうが透けそうなくらい白い。私とは対照的な、儚げな美少女でした。

「あ、はじめまして。私…」

互いの身分はわからないものの、王家に継ぐ公爵家の娘で、この場で新参者の私が名乗るのは当然と思って、口を開きました。ところが、妖精は垂れ目をさらに垂れさせて、ウルウルしながら言ったのです。

「私、シャイスタと会ったことあるわ。一緒に遊んだことも。また一緒に遊びましょうって、何度もお手紙出したのに、シャイスタ、私のこと忘れてたなんて。ひどいわ」

「え?」

 全く覚えのないことではありますが、妖精にウルウルされながら恨み言を言われた私は、思わずたじろぎました。

「フロリアナ、それはいつのこと?」

 フロリアナ!ゼネウス様の言葉に私は心の中で叫びました。気を付けろとお父様に言われていたあのフロリアナ嬢です。しかし、お父様はフロリアナ嬢と私が会ったことがあるなどとはおっしゃっていませんでした。しかし、流れとしては嫌な感じです。

「えっと…。たしか、私が4歳の頃」

「4歳…」

 彼女とは同い年と聞いたので、つまり、わたしがシャイスタに転生した年のことです。とすれば、答は一つ。

「ごめんなさい。私、4歳の頃に病気になって、しばらく寝込んだから、ひょっとしたらそれで記憶が曖昧なところがあるのかもしれないわ」

 とりあえずセーフな言い訳じゃないでしょうか?

「そう言えば、僕も聞いたことがあるよ。シャイスタ嬢は重い病気を患ってから、ご両親が心配して、あまり外に出さないようにしてるって」

 ナイスアシスト!ゼネウス様、流石です。

「そう。なら、仕方ないわね」

 ちょっと口を尖らせたところも可愛らしい妖精。見た目だけは、ハートを鷲摑みにされる愛らしさです。

「もう、元気なのでしょう?」

「ええ」

 正直、病弱とはとても言えない健康体なので、素直に答えておくことにします。病弱なので、と言い訳せよとはお父様の指令にはなかったものね。

「なら、改めてお友達になりましょう。私はフロリアナ・エリー・ド・ミッドレスター。よろしくね」

 ニコリと微笑んで手を差し出すフロリアナ。その手を取らない選択肢などあろうはずもなく、

「こちらこそ、改めてよろしくね。フロリアナ」

 お友達よね、とばかりに、フロリアナの名前を呼び捨てにして私は微笑みました。しかし、彼女のペースに乗せられた私は、そこはかとなく敗北感を感じていたのも事実です。

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