第3話 「過去が不幸すぎる乙女ゲームキャラ第6位」

 どうも、葛西祥子(25)改め、シャイスタ=フリージア=ド=セザランド(4)です。どうやら、私は異世界転生という奴を果たしたようです。

 名前と見た目から推測するに、私ことシャイスタは、「イノセンス~魔術姫は聖剣の騎士に惑う~」という乙女ゲームに登場する主人公のライバルで、いわゆる「悪役令嬢」のキャラクターです。ただし、私はこのゲームをやったことがありません。なぜ知っているかというと、「過去が不幸すぎる乙女ゲームキャラランキング」という記事に載っていたからです。その解説によると、シャイスタの父親は男子が欲しかったのに一人娘にしか恵まれなかったから、せめて完璧な令嬢になって王太子妃兼公爵家の後継を目指せと行き過ぎな厳しい教育を押し付け、それでもシャイスタは一人娘だからと耐えて努力したのに、実は妾腹の弟がいることが後に判明して今までの罪悪感や忍耐の原動力が粉々に。しかも後継ぎを産めず妾腹の子に公爵家を取られると知って精神的に追い詰められた母親がシャイスタと無理心中を謀った上、誤って母親だけが死んでしまったためにますます父親との関係が悪化するという壮絶な家庭環境を持つ令嬢だそうで。そして性格が歪んだシャイスタは、もちろん王太子の寵愛を争う主人公をいじめ抜き、結果的に婚約破棄されて実家もろとも罪を問われるという不幸エンドを辿るのです。聞いただけでこの悪役令嬢が不憫になり、このゲームはプレイしないと誓いました。ちなみに、不幸ランキング的には6位でした。まだまだ上があるんです。ええ。

 ところで、そんな最悪展開が待っていると知れば、普通は今後への不安と混乱で頭を抱えるところなのですが、体調が悪すぎて悩んだり情緒不安定になる暇がありませんでした。そういう意味では寝込んでいたのが幸いしたと言えます。熱っぽさや気だるさ、吐き気と戦いながら、やいやい世話を焼くばあやに無理矢理飲み物や食べ物を摂らされ、そうしている間に、朦朧としながら目覚めた日から10日が経ち、ようやく回復が見られました。その頃には、「気分が悪くないって素晴らしい。とりあえず、生きててよかった」という思いしか抱けず、人間、生死の境を経験すると、強くなるんだなぁと我ながら感心して今に至ります。


 ここで情報を整理しましょう。我が家は王都に隣接する農村地帯、セザランド領を支配する公爵家。王族に継ぐ身分の高い家柄で、シャイスタはそれに恥ずかしくない淑女になり、ゆくゆくは王妃の座を目指すべき、と、先日から厳しい淑女教育か始まりました。たいへんなお金持ちで、ドレスもお人形も不自由したことがありません。家族は、お父様、お母様と私。それから、ばあやのハンナと、先日から雇われた家庭教師のメリル先生がいつも一緒にいます。

 ええ、平たく言って、最悪の家庭環境をとりあえず置いておくならば、シャイスタは生まれながらの勝ち組です。両親から私への期待、関心は、並々ならぬものがあります。加えて、幼いながらも母譲りの整った顔立ち、色白のきめ細かい肌に、父親譲りの巻き毛の黒髪。ちょっと切れ長の目はきつく見えるけれど、鏡で見た私ことシャイスタは、前世の私とは月とスッポンの美幼女です。

 前世の葛西祥子は、不幸な星回りでした。幼くして父を亡くし、母子家庭。母は懸命に育ててくれましたが、教育費までは十分にお金が回らず。それなりに自分でも勉強に励みましたが、アルバイトの傍らの自学自習では、塾や予備校行き放題の優等生達には太刀打ちできず。成績は上の下。ちなみに、顔は中の下。高校より上は、自分の興味関心よりも、いかにコスパよく就職につなげるかだけを考えて進路を決め、結果選んだのは特待生枠に入れる短大。しかし、いざ就活を始めると、軒並み不合格!致し方なく、派遣会社に登録し、あっちの会社、こっちの会社と渡り歩いて辛うじて口を糊していた、頑張り屋なんだけど、報われない、地味な女の子でした。しかも、最期は、手柄を上司に奪われた上、派遣切りにあって、自棄酒の結果の事故死。いいことなしで、苦労だけはした、短い人生でした。

 しかし転生した私は公爵令嬢。しかも、4歳にして既に精神年齢は25歳。たとえ不幸ストーリーが待っていようとも、まだその不幸が始まるのは約10年先のはず。今からなら軌道修正は間に合うはずです。このスタートダッシュを利用して、使えるものは使って、今度こそ平穏な人生を勝ち取ろうではありませんか。

「よし、やるぞ!」

 こそっと小さな拳を握り、私は気合を入れました。


コンコン

「お嬢様、お目覚めですか?」

 ばあやがやって来ました。

「起きてるわ」

 カチャリとノブが回ります。さあ、既定の不幸ストーリーに抗う戦いの始まりです。

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