第五話 ふつう 時々 ブルー

「うまかったなあ」


「おいしかったですねえ」


 うっとり顔で歩く二人に、五郎八はついに堪えかねて噴き出した。


「二人とも、館を出て以来それしか言っていないぞ。まあ、気持ちはわからなくもないがな。確かにあれは美味だった」


「あんなの元の世界でも味わったことないですよ!」周が力説する。

「あれは一体なんだったんでしょうね。舌全体を一瞬でとろけさせるほどの上品な甘み……。練乳や蜂蜜とも違いますし、ただの砂糖汁でも絶対にない。もっとこう、味覚の奥深いところに訴えかけてくるような……」


「ああっ、やめてください! 下手に思い出させないで! 食べた過ぎて切なくなります」


 須玉が悩ましげにぶんぶん首を振る。周ははっとして「そうだよな、すまん」と手を合わせた。


 先刻、町長の食事の誘いに応じて大広間へと通された周たち。


 テーブルの上に並んでいたのは果物やパンばかりで、周は少しガッカリした。神に出す食事がこれでは、ゲーム内はあまり食文化の進んでいない設定なのだろうか、と。しかし最後の最後で奴は来た。


 ガラスの器に細長い匙を添え、恭しく運ばれてきたのは──かき氷。

 降りたての雪のように真っ白な状態だったので、シロップはこれからかけるのかと思い待っていた。

 だが席をともにした町長は、運ばれてすぐにパクパクかき込み始めていた。え、素氷なの? ただのお口直し的な? と渋々周も一匙口に含んだ。それが、出会いだった。


 素氷などでは絶対にありえない甘みの渦が、快感となって周の脳を揺さぶった。


 おそらく氷を作る段階ですでに、甘味料が混ぜられているのだろう。

 なるほど、と周は思わずうなった。後がけしないおかげでふかふかとした削り氷の食感がそのまま楽しめるのだし、色も人工的な着色がないゆえに、氷本来の純白色を愛でることができるのである。


 相手を浸食しない奥ゆかしさ。周はそこに料理の真髄をも見た気がした。


 なにより、甘味料自体のうまみが驚くほどしなやかで嫌味がなく、爽やかなのだった。ゆっくり、じっくり堪能したいというのに、気持ちとは裏腹に匙を動かす手が止まらない。町長と同じだ。パクパクという擬音がよく当てはまる。

 気付くともう、目の前には空の器があるばかりだった。

 軽い喪失感を抱えながらも、それよりも強い感動が後を引く。気がそぞろになるあまり、甘味料の正体を聞きそびれたことが悔やまれてしかたなかった。


 もちろん町長の話もなにも耳に入らなくなってしまったのだが、五郎八いわく、「まずは拠点となる宿屋を決めるのが良いでしょう」と勧められたそうだ。


「先へ先へと急がずに、最初はこの町の周辺で怪物モンスターを倒し、熟練度レベル上昇アップに専念した方が無難だそうだ。無理して先へ進んで、熟練度(レベル)が見合わず危険な目にあった組もいたそうだからな。まあ我々はオモイカネの助言通り、まずは武器屋に行こう。そこの店主にでも、良い宿屋があるか聞いてみれば一気に用が片付く。……しかしふたりとも、本当になにも聞いていなかったんだな」


 咎めとは程遠く、いよいよおかしそうに噴き出すので、ふたりも「いやあ……」と褒められでもしたかのように、照れ笑いを浮かべるのだった。


「しかしそれなら、この町には他にも神々が滞在しているってことですよね。大丈夫なんでしょうか。出会った途端、ライバル潰しに戦いを挑まれるなんてことは……」


「確かに、ありえないとは言い切れない。しかし可能性は低いだろう。今はまだ遊戯ゲーム自体が様子見の段階なんだ。情報収集のためにも、冒険者はなるべく多くいた方がいいと、考えている神が多いはず。潰すといったって、どう潰すのかという話だしな。神殺しなんて大胆なことをすれば、己の立場こそが危うい。──もちろん危ない橋を渡ってでも、手に入れる価値が天叢雲剣にはあるがな」


「それってつまり」


「うむ。可能性は低くとも、出会わないに越したことはない、が結論だな」


「ですよねー」

 周はハハと空笑いした。


「自衛のためにもレベル上げ、簡単な話じゃないですか。地道ではあれど、確実に強くなれるんです。不安がってる暇なんてないですよ!」


「おぉ、ちびっ娘は気合い十分だな」


 パーティメンバーがやる気に満ちているのは頼もしい限りだったが、あんまり須玉に強くなられると自分の身が危ないような、複雑な気持ちになる周であった。


 歩いているうちに、人通りが増してきた。マーケットに差し掛かったのだ。

 どの建物も一階の間口が開放的に作られており、商品棚を道にまで出張らせ、呼び込みをしている。広い道の真ん中にはテント状の店もずらりと並んでおり、なんとも活気のある通りだった。


(ゲームとはいえ、町の人たちはバーチャルってわけではないんだよな……?)


 見る限りでは、各々自分の意志で動き回っているように感じるし、生活感にも溢れている。もし彼らも術でできた存在だとしたら、気味が悪いほどの精巧さだ。


 舞台は夜の食す国、とオモイカネが言っていたのを思い返す。


 高天原と違って聞き覚えのない単語だが、鏡を通ってきたわけだし、高天原の地形を写し取った鏡面世界がベースなのだろうか。なんにせよ海外旅行はおろか本州さえ出たことのない周には、知らない街というだけで十分新鮮な世界である。観光客気分で、きょろきょろと興味を分散させた。

 と、商品の価格表記を見てはたとした。


「そういえば、お金ってあるんですか?」


 周の言葉に、前を歩く二人が怪訝そうに振り向いた。


「オカネ? って、言いました?」


「なんだそれは。オモイカネに関するものか?」


「えっ」


 嘘でしょ、と言いたかったが、二人は本当になにもわかっていない様子できょとんとしている。


「そっかー、常識ってこんなにも違っちゃうのかぁ……」周は空を仰ぐしかなかった。

「神さまは買い物なんてしないんでしょうけど、それにしたって概念くらい知ってくれていてもいいでしょうに。あ、もしやお賽銭って言えばわかります?」


 ダメ元で訊ねると、五郎八はピンときたようだった。


「ああ、それなら知っているぞ。願いとともに人が投げ込むやつだな。そうか、あれはオカネとも言うのか?」


「そう、そうなんです! 人はなにを手に入れるにも、そのものに見合った量のお金を対価として渡さなければならないんです。生活するうえで欠かせない、とっても大切なものなんですよ」


「ほう。だからこそ神への願いにも差し出すのだな。しかしそれならば神は、必ず願いを叶えねば一方的な搾取になりはしないか? そんな勤勉な神など知らぬのだがな」


「いや、その辺の神さま事情はおれにはわかりませんけど……。みんな納得できる額を投げ込んでいるんでしょうし、いいんじゃないですかね」


 五郎八は納得していない様子だったが、「とにかく!」と周は言葉を繋いだ。


「商品の横に、数字が書いてあるでしょう? あれがその商品を得るのに必要なお金の量なんです。このゲーム世界も人の世みたく、お金が必要ってことなんですよ。そのお金はどうやったら手に入るのかなっていうのがおれの疑問なんですけど。攻略本と一緒に、渡されてたりとかは?」


「本以外に貰ったものなんてないですよ、なんにも」須玉が言う。


「じゃあ五郎八さんは、お賽銭が懐に入っていたりとかは?」


「すまぬが、ない。オモイカネも言っていた通り、私は無名な神でな。賽銭を投げてくれるような信者は一人もいない。そもそも社殿も持っておらぬしな」


「まじですか。……なんか、すいません」


 まるで「誕生日を祝ってくれる友人など一人もいない、スマホも持っていない」とでも言わせたような気持ちになったが、五郎八は「かまわぬ」と笑ってくれた。


 ほっとしたところで、いよいよ懐の危機である。

 周の財布はリュックごと召喚の際に紛失したので、彼ももちろん無一文である。


 しかし、そもそも通貨単位は円なのだろうか。果物屋のりんごの横には《¥10》、アクセサリー屋には《¥50均一》と、おなじみの表記の札がかかってはいる。だがよくよく考えるとRPGというのは多くがオリジナルの単位を使っているし、オモイカネはそういう細かいところこそディティールにこだわる性格のような気がする。均一、という文字から察するに言語は日本語でいいようだが……。


「そうだ、攻略本に書いてあるんじゃないか?」


 周に促され、須玉が急いで攻略本をたぐった。


「えーと……あ、ありました、お金の項目!」


 三人顔を寄せ合って、攻略本に目を落とした。そこにはオモイカネの雑な筆で、こう記されていた。



  ──お金について──


 この世界の通貨単位は《ヨル》です。稼ぐ方法は主に二つ。

 1 モンスターを倒す

 2 クエストをこなす

   (クエストについては別項目でも説明しているけど、要は困った人からの祈願だよ! 神さまらしく、スパッと解決してあげようね!)


 ちなみにクエストは、レベル3以降でなければ受注できません。

   (最初は地道にモンスターと戦ってね♡)

 宿は一泊一人あたり100ヨルが相場です。

   (毎日のことだし、低めに設定してあげたよ! 神さまが野宿なんて恥ずかしいことにならないようにね! がんば!)



「くっ、脳内できっちりバカメガネの声で再生されるのが腹立ちます」須玉が言った。


「わかるよ。特にカッコ内な」


「まあそう言ってやるな。今日中に、少なくとも300ヨルが必要だとわかったではないか」


「モンスター一体で、いくら手に入るんでしょうね。もし1ヨルとかだったら……」


 今から夜までに三百体。

 普通のゲームだったとしても嫌になる数字だというのに、実際に生身の自分が戦わなければならないのだから、悪い冗談のようだった。しかも無一文ということは、武具はもちろん回復アイテムすら買うことができないのだ。


(普通おこづかい程度はスタート時から持ってるもんだろうよ。なんだ、初期アイテム勾玉だけって。換金するぞちくしょう! ていうかこのゲーム、選択肢のない状況多過ぎだろ。クソゲーか!)


 内心毒づきながら、今すぐかの神を殴りに行きたい衝動をこらえた。

 横では須玉が意を決したように叫んだ。


「ヒメさまに野宿などっ! 絶対にさせられません! 少なくとも100ヨル、ヒメさまの宿泊分は絶対です」


「あ、しれっとハードル下げた」


「いいからもう、行きますよ! 武器屋など後回しです」


「わかっちゃいたけどさあ……。でもおれ、誰かを殴ったことも殴られたこともないんだけど。それなのにこんな無課金状態で戦うって悲惨すぎない? Tシャツなんて防御力紙なんですけど?」


 不満を訴える周に、


「殴れないなら、足蹴にするといいですよ」


 と、須玉はどこぞの王妃のようなことを言う。


「ていうか武器で刺したことならあるってんですか?」


「いや、ないけど」


「じゃあ武器のあるなし、関係ないじゃないですか」


「一理ある……のか? いやせめて防具は欲しいだろ!」


「大丈夫大丈夫、初陣で死ぬってよっぽどですから。もしよっぽどが起きたときには……」


「ときには?」


「笑い転げます」


 言いながらもう噴き出しそうになっているので、絶対に死んでたまるかと、周は固く決意したのだった。




 町をぐるりと囲う石壁から外に出ると、草原が広がっていた。

 野花が数多咲き乱れ、初々しい香りを放っている。日差しは郡上市ほどきつくはないにしろ、じっくり浴びているとすぐにも汗をかきそうだ。ゲーム内の季節も現世と同じように夏の設定のようだ。

 門前から地平に向けては整備された砂利道が一直線に敷かれていたが、地平に届く前に森へと突入していた。多分、あの森に入るとモンスターのレベルが多少上がるのだろう。しばらくは草原を練り歩く日々になりそうだった。


 そういえば、と踏み出しかけた足を止めて五郎八が言った。


「勇者の勾玉は武具になると、オモイカネが言っていたな。一度試してみたらどうだ。強く願えばいいとか言っていただろう」


「そうですねえ……」

 周は首から下げた勾玉を、心許なげにいじくった。


「乗り気じゃなさそうだな」


「いや、なんていうか、オモイカネさんの作ったものとなると、もはや使わない方が安全なんじゃないかという気もしてきて」


「嫌われたものだな、オモイカネも」五郎八は笑った。


「教えられたときには、あんなに喜んでたくせに。──まあそんな心持ちならどうせ変わりっこないですし、試す必要ないですよ。怪物モンスター怪物モンスターで、オモイカネが作ったものならクセがすごそうですけどね。紙とやらの状態でどこまで食い下がれるのか、楽しみです」


「やります。やらせて頂きます」

 周はすっと挙手をした。


 最初から潔くそうしてろ、と言いたげな須玉の視線を感じながら、周は勾玉を祈るように握りしめた。声にも出しながら、強く念じる。


「死にたくない死にたくない死にたくない……! 防具欲しい防具欲しい防具欲しい……!」


「おお、真に迫るものがあるな!」


 五郎八こそ祈りの熱量に感心してくれたものの、肝心の勾玉は黙したまま、少しも姿を変える気配がなかった。


「こんなにも願ってるのに!」


「きっと我欲にまみれすぎなんですね、ご愁傷さまです」


「死にたくなくて、なにが悪い! 死にたがりの勇者なんて、絶対魔王のところまで辿り着けないぞ。この勾玉が不良品なんじゃないか?」


 胡散臭く思いながら、勾玉の穴を覗き込んだときだった。警報のような、陰気な電子音が脳内に流れた。


「う、うるさっ」


「なんだ、今のは」


 ふたりも頭をおさえているので、どうやら全員に聞こえたらしい。


「まさか、この音……」


 周がごくっと唾を呑むと同時に、視界の右上に枠が開かれた。


  【アマネ Lv1 GP:10】


 ステータス情報である。

 GPとやらはゲージでの表示もされている。もうひとつ開いた小ぶりな枠にはイロハ、スダマというプレイヤー名とともに、やはりレベルとゲージの表示がある。パーティメンバーの情報、ということだろう。

 ゲーム偏差値の低い周にも、これが戦闘画面であることは十分にわかった。


「ふたりとも気をつけて! モンスターです」


「なにっ」


 周の言葉に女性陣も警戒の姿勢をとり、須玉などは早くも抜刀をした。

 三人は自然と背中を寄せ合い、三方をにらむ形となった。ザザザと、周囲で草が鳴る。草むらの中を何者かが駆け回っているのだった。


 もう、やるっきゃない。でも出来たらおれの前には出ないでくれ──腹を半端にくくった周を嘲笑うように、モンスターの影は周に飛びかかってきた。


「うわあああああ」


 咄嗟に頭をかばうと、振り上げた腕が影に当たった。固いけれども軽い、不思議な感触がした。

 影が慌てたように飛びすさったので、周は恐る恐る目を向けた。


 顔にぽっかりとあいた三つの穴、上下それぞれに伸ばされた丸っこい腕、筒状の胴体──そこに立っていたのは、ハニワであった。


「ハニワだ」


「ハニワですね」


「ハニワだな」


 これがモンスター? と三人が顔を見合わせていると、ハニワはぷるぷると震え始めた。

 パキ、パキンと赤土の身体にヒビが走り、中から光が漏れだした。周は思わず手を差し伸べたものの、まさにその瞬間、ハニワは「クィー……」と哀しそうな声を上げながら、光とともに消滅してしまったのだった。


 テロローン♪ と、のんきな電子音が流れた。


  【ハニワンをやっつけた!】


  【アマネは経験値を1手に入れた!】


  【アマネは2ヨル手に入れた!】


 怒濤の字幕ラッシュである。


「勝った、みたいです」周は言った。


「そうみたいだな」


「なぜでしょう。喜ばしいことなのに、この背徳感……」


 周の言葉に、女性陣もうつむいてしまう。全員の脳裏に、ハニワの断末魔がリフレインしていた。


 それでも確認作業を進めると、女性陣には経験値もヨルも入らず、やっつけた! の字幕のみだったことがわかった。

 攻略本を調べてみると、報酬は貢献度によって分配されるものらしい。

 ハニワンのように分配するほどの報酬がないモンスターであれば単純に早い者勝ちになるのだが、強いモンスターと戦ったとして、もし仲間に戦闘を任せきりにしてしまったら、それは戦闘不参加とみなされて報酬はゼロになってしまうようだ。


(おこぼれでは決して強くなれないってことだよな。真っ当な設定だけど、もしかして護ってもらう勇者計画、さっそく破綻したんじゃ……?)


 あれ、と首をひねる周だったが、


「ハニワンとやらは、どうやら式神だな」


 と五郎八が言ったので、意識がそちらへ向いた。


「式神って、陰陽師的なやつがよく使うアレですか?」


「そうだな、陰陽師的なやつもよく使う術だな。形代に空気中の精霊をまとわせることによって、霊獣として具現化させたものだ。意思はあっても、命はない。術が破れても、精霊自体は野に帰るだけだ」


 つまりはやっつけても、殺したわけではない。これは周にとって救いになる情報だった。


「もっともハニワンとやらは、式神としても弱すぎる。おそらく形代がないのだろう。どこかにある大本の術式が、周囲の精霊を圧し固めては排出しているだけの、刹那的な術だ。誰にも倒されずとも、自然と瓦解して精霊に戻るだろう」


「じゃあきっちり倒した方が、ハニワンになった意義が生じるわけですね」


「そういうことになるな」

 五郎八はぽんと、周の肩を叩いた。

「よかったな。ハニワン相手なら、傷ひとつ負うことはあるまい。戦闘の空気に慣れるにはちょうどいい相手だ。オモイカネもあれでいて、きちんと人の身に配慮したようだ」


「本当、もうここでレベル100になるまで居座りたいくらいです」


 半分本気だったのだが、須玉がうんざり顔をした。


「馬鹿言ってんじゃないですよ。経験値1で100までなんて、効率悪過ぎて血反吐が出ます。それより、手に入れたヨルとやらはどこにあるんです? 見せてくださいよ」


 周ははっとした。そういえば手に入れたって言っても、どこだ?

 掌中にはなにもない。ポケットを探っても入ってない。ハニワンの消えた草むらを探っても、あるのは小石ばかり。


「あ、もしや」


 周は首に下げた勾玉に目を落とす。


「ええっと──ステータス情報、オープン!」


 適当に言いながら掲げてみると、呼応するようにいくつもの枠が開いた。

 おおっ、と予想の的中に嬉しくなりながら、周は順に目を通していった。



  【アマネ Lv1 GP:10

    状態:ふつう 時々 ブルー

    次のLVまでの経験値19】



「時々ブルーはほっとけ! 誰のせいだ!」


 思わず声に出してツッコんでしまった。五郎八と須玉からは見えていないので、二人は顔を見合わせて怪訝そうにしていた。



  【装備 なし】



  【称号:ありのままの勇者】



「そうですよ、連れてこられたままのおれですよ、ちくしょう!」



  【仲間:イロハ Lv1

      スダマ Lv1】


  【現在地:はじまりの街道】


  【所持金:102ヨル】



「ひゃっ……ひゃーー!?」


 周の奇声に、女性陣はいよいよビクッと身をすくめた。

 怯えの混ざる視線に、周はにこ……と力ない微笑みを返すと、勾玉から手を離して言った。


「102ヨルありました」


「え?」


「所持金は、この勾玉の中に備蓄されていくみたいで。見てみたら102ヨル、持っていました」


 言われてすぐはふたりともぽかんとしていたが、周の見様見真似でステータス情報を開くと、やはり100ヨルずつ持っていたらしい。


 三者は顔を見合わせると、ほぼ同時に深いため息をついた。


「まあ……確かに無一文の確証を得たわけではなかったからな。早とちりと言われればそれまでだ」


「でもヒメさま、これは絶対意図的なものですよ。こうなるのを見越して、バカメガネはわざと所持金のことを黙ってたんですよ」


「騙すことなく、勝手に相手が騙される、か。さすが知識の神」


 してやられた感で、周はもう降参しきっていた。


「ていうかさ、攻略本にその辺も書いていそうじゃないか? ちゃんと通しで読んでないんだろ」


 ぎくり、と言わんばかりに須玉は肩をすぼめた。


「だって、よくわかんない単語も多いですし……冒険を進めてからじゃないと読んでも意味ないのかなって」


「それさえ見越しての罠なら、本当におそろしい神だよ。もういい、攻略本を渡してくれ。今後はおれが持っておく」


「えっ、えっ」


「当然だろ。ゲーム用語に一番詳しいのはおれだ。とにかく一回読んでみて、ちゃんと重要そうなことは解説してやるから。ほれ、早く!」


「須玉、彼の言う通りに」


 五郎八に言われては無視できないようで、須玉は不承不承に懐から本を取り出した。それを容赦なく引ったくると、周はその場にどっかりと座り込んだ。


「よっし。じゃあ早速一回読んでみるので、ふたりはハニワンを倒しておいてください。目標はひとりあたり50体です。宿泊分は良くても飯代だって必要ですし、今日がんばれば明日楽になりますからね」


「なっ……おまえ、よくもヒメさまに命令など」


 吠える須玉を「かまわぬよ」と五郎八は制した。


「──須玉、味方内でそう牙をむくな。われわれは等しく冒険の仲間なのだぞ。誰がどう指示を出すかなど、些事だ。周殿の指示は実に真っ当だしな。彼が読破するまで、ただ待っているのではつまるまい。討伐を進めておくのがどう考えても正論だ」


「そうだよ。おまえ、効率が悪いと血反吐出るんだろ? なら暇してないで動いた、動いた」


 ページをめくりながら、しっしと手を払う周。須玉は攻略本を奪われた悔しさも手伝ってか、わなわなと拳を握っていたが、ぐっと堪えて草原へと身体を向け直した。怒りの鉄槌はハニワンに振り下ろすと決めたらしい。


 周はニヤッと口角を上げた。

「あんまり遠くまで行くなよ。ハニワン以外にもモンスターがいるかもしれない。もしものときは、すぐに助けに来てくれないと困る」


「うっさい!」


 言いながら早速、パキンと一体倒したようだった。

 その後も「クィー」と断末魔があちらこちらで上がる。どうやら別行動と認識されたのか、警告音も枠も、周の勾玉は生じさせなかった。おかげで集中して攻略本を読むことができた。

 もちろん周にもハニワンは時折襲いかかってきたが、指先でつんと触るだけで、ハニワンは光と消えた。一度だけ馬型のハニワ、モンスター名《ハニウマ》が現れたが、強度はハニワンと変わらず、経験値が2、ヨルが5手に入ったので少しお得感のあるモンスターだった。

 自身のレベルが2に上がった頃、周はついに攻略本を閉じた。

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