第四話 はじまりの詐欺師
わたくしの館、と言っていたが案内されてみると町長の自宅ではなく、役場として使っている建物であった。玄関の正面には大階段がひろがっていて、登った先の町長室という部屋へ案内された。
が、町長は中に入ろうとしなかった。
「わたくしは大広間にお食事の用意などさせておきますので、お話が済みましたらお越し下さい」
そう言って、衛兵とともにさっさと廊下を引き返してしまった。
「お話って……誰と?」
周が疑問を口にすると、須玉が忌々しげに舌を打ち、短刀を抜いた。
「やはり罠ですか。ヒメさま、あたしが先んじます。
「お、おお」
言われるがまま、RPGらしく縦並びになった。
須玉はひとつ合図のように頷くと音もなくドアノブを回し、徐々に扉を開いていく。奥の壁が一面本棚になっていること、その本棚の前には横長の立派なデスクがあることが、周の位置からでも見てとれた。
革張りのデスクチェアは本棚の方を向いていたが、何者かがひじ掛けにもたれている。
と、須玉が一足でデスクへと飛び乗り、謎の人物の首に短刀をかざしにかかった。
一瞬のことすぎて、周はひえっ、アサシンかよとドン引きしたが、パン! と甲高い音が轟いたので青ざめる。
撃たれたのか──との心配は、しかし室内に舞う紙吹雪を見て杞憂だと知った。
「おっめでとう!」
パンパン軽快な拍手をしながら、謎の人物が立ち上がった。
「よくここまで無事に辿り着いたねえ。常世からはるばるご苦労様! さ、さ、みんな早く入ってきなよう。あ、きみは早く降りてねえ」
そう言って、デスク上にしゃがんだままの須玉にデコピンをする。その手にはクラッカーの空容器が握られていた。
須玉は呆然としていたが、謎の人物の顔を見るなり「あー!」と叫んだ。
「バカメガネッ」
周はその暴言に聞き覚えがあった。
須玉が探しに行きたがっていた術者で、名前は確か──
「オモイカネ」
ちょうど五郎八がその名を呼びながら、室内へと踏み入った。声にはため息が混じっている。
「ここにいたのか。高天原ではいまだに騒動がおさまっていないのだろう? いいのか、こんなところにいて」
「いーの、いーの。どうせくっだらない小言を聞かされるだけなんだからさあ。こっちにいた方がずうっと面白いもの! さ、遠慮しないで勇者くんも入っておいでよ」
促され、周も入室した。扉を閉めて振り向くと、オモイカネは満足そうに微笑んだ。
一見すると、ただの現代人である。パリッとアイロンの効いたシャツに、グレーのベストを重ねたスーツスタイルをしている。そしてバカメガネとのあだ名通りメガネをかけているのだが、これが理知的な瞳によく似合っているのだった。
仮に元の世界ですれ違っても、「仕事のできそうな人だなあ」くらいにしか思わないだろう。しかし社殿で話していた内容から察するに、彼もおそらく神なのだ。
(かたやコスプレイヤー、かたや社会人。神って服装の規定ないんだなあ)
イメージ的には白いひらひらの服なんだけどなと考えていたら、オモイカネがデスクを回り込んで近寄ってきた。
「勇者くんとは、はじめましてだねえ。ボクはオモイカネ、
「一ノ瀬周です。はじめまして」
格好のおかげでなんとなく話しやすい雰囲気があったので、周は遠慮なく疑問を口にした。
「あの、アマツカミって?」
「ああ、キミはあまり神道に馴染みがない人なんだねえ。天津神っていうのは、高天原由来の神のことさ。地上由来が
「坂ですか」
神の口から出たまさかの単語に、周は面食らった。スーツを着ていることと言い、この神はだいぶ現代かぶれをしているらしい。
「あいかわらず、おまえの話はさっぱりわからんな。──周殿、このオモイカネは知識を司る神でな。天岩屋戸や天孫降臨など、高天原の変事には必ずと言っていいほど関わる神なんだが、聞いたことはなかったか」
「すみません、あまり詳しくなくて」
「ボクのやってることなんて、要は裏方だからねえ。高天原のイベントプロデューサーとでも理解しておいてよ。このゲームを作ったのもボクだしね」
「えっ」
さらっと明かされた重要事項に、周は目を丸くした。
「最初の術式だけじゃなくて? このゲーム全体の制作者?」
「そう! もちろん協力してくれた神々はいっぱいいるけどねえ。スタッフロールの最後に堂々流れる名前はボクだろうね」
「じゃあ、勇者の同行を必須に決めたのも?」
「ボクさ!」
胸を張る神に、周はへなへなと座り込んだ。
「なんてことをしてくれたんだ、あなたはぁぁぁ……」
「ねっ、ねっ? バカメガネでしょ? バカメガネなんですよ、こいつは!」
須玉が横でやたら嬉しそうに力説してくる。神相手にバカ連呼はどうなんだとは思いつつも、同意したい気持ちでいっぱいだった。
「おやあ、気に入らなかったかい? 一応キミにとっては救済措置なんだけどねえ。なにせ召喚がなければ、死んでいた運命なんだから」
またもしれっと、重要事項を言ってくる。
「やはりそうだったか」
「神の為すことだからねえ。一応救済要素は入れなきゃと思ってね。あのガチャは、死ぬ寸前の人間限定の仕様だったのさ」
「なんちゅうピックアップ……!」
感情の整理が追い付かず、周はガクッとうな垂れた。
「まあまあ。五郎八嬢含め、困惑させちゃって悪かったかなー? って気持ちもほんのりとあるからこそ、ボク自らこうして説明に出向いたんだからさ」
本当は町長の役目なんだよー? と恩着せがましく言いながら、オモイカネはデスクによりかかると、「まずひとつ!」と指を立てた。
「このゲームの目的は、魔王を倒すことです! 魔王は唯一無二の存在のため、早い者勝ちです。
ふたつ! 魔王を倒した者には
みっつ! このゲームはどんな神でも参加は自由です。ただし、開始前にはガチャを引かなければなりません。ガチャからは人間が勇者として排出されます。この勇者とともにでなければ、ゲーム内に入ることはできません。
よっつ! どんなに気に食わない勇者が出ても、返品は不可です。ガチャは一回こっきりですので、今ある縁を大切にしましょう。
いつつ! どんな神でも、ゲームスタート時はレベル1です。余剰な神通力は封印されます。力を戻したければモンスターを倒して、レベルを上げましょう。逆を言えば力のない神でも、レベルを上げれば平常以上の力を得ることができます。下克上を目指しましょう。──さて、なにか質問は?」
呆気にとられながらも、周は迷わず手をあげた。
「返品は不可でも、勇者が元の世界に帰る方法はありますか。ゲームをクリアすれば、とか」
「良い質問だねえ。さすが発想が現代人だよ! 帰還が不可能か可能かで言えば、可能です」
「やった!」
「でもそれは公式の機能ではありません。クリア恩恵も、神にしか用意されていません。……エヘヘ、ごめんね。ガチャはゲーム完成後にできた追加要素なんだ。勇者への恩恵はさっきも言った通り、死なずにすんだ、ただそれだけなんだ。死んでもいいから帰りたいって言うなら簡単なんだけどね。術式に帰り道を加えれば、術のキャンセルと認識されて、キミは死ぬ直前の状況に逆戻りする。でも、家族のもとには生きて帰りたいんだろう?」
周は当然とばかりにこくこく頷いた。
「じゃあやっぱり、運営側がしてあげられることはなにもないな。キミが頼るべきは、そこの五郎八嬢だ。ゲームをクリアするほどのレベルに到達していれば、五郎八嬢であればキミを帰すくらいわけないから」
「そうなんですか?」
すがるように振り向いたが、「そりゃあもちろん!」と答えたのはあいかわらずオモイカネであった。
「そちらにおわす五郎八嬢は、名こそ無名なれど、スサノオの娘だからね。おそろしいポテンシャルの持ち主さ」
「スサノオ! おれでも知ってる!」
「うんうん。彼のオロチ退治は有名な逸話だよねえ。五郎八嬢は、彼がクシナダ姫との間になした最初の御子だ。パートナーとしては実に頼もしい神さまなんだよ」
「おれがノーマルレアでも、五郎八さん自身がスーパーレアだと」
「良い喩えだね。でもスーパーレアじゃあSの数が足りないかな」
「SSRってことですか?」
「いやあ、ボク的にはもっとだね! ま、彼女のレア感は君自身が冒険の中で知っていくといいよ」
「──レアがどうとか、私には興味がないが」
ふうと息をつき、五郎八が進み出た。
「それよりも、私もひとつ聞いておかねばならない。この
五郎八が声を低めたことで、室内の空気がピリッと張り詰めた。が、オモイカネはおどけた様子で「やだなあ」と笑うばかりだった。
「ボクの目的なんて、いつだってひとつさ。わかっているだろ? アマテラスさまを楽しませたい。それ以外になにが?」
「困らせたい、の間違いでは?」
「ハハッ。否定はしないよ。彼女に叱られるのはボクの趣味だからね」
「まあ、それでもおまえが彼女の忠実な配下であることは疑っていない。だからこそ不思議なんだ。なぜ高天原を揺るがすような
「ボクなりの親切心だよ。だってさ、どこもかしこも閉塞した状況って気持ち悪かっただろう? 高天原も、三貴子も──もちろんキミも、いつかは精算しなければならなかった。そのいつかを今にしてあげただけ。むしろ感謝して欲しいくらいだね」
黙り込む五郎八。ひそひそと、周は須玉に問うた。
「やっぱりこのゲーム、高天原で問題になっているのか?」
須玉は半ば呆れたように答えた。
「当たり前ですよ。報酬が天叢雲剣って、聞いてなかったんです? 得た者が実質、最高神に代替わりするようなものですよ」
「えっ、そんなにすごい剣なのか」
「そりゃ、オロチの亡骸から出た宝剣ですからね。剣自体が神何柱分もの、絶大な力を秘めています。本物は地上にありますけど、だからこそ形代たる天上の剣も、得れば簡単に地上に干渉できてしまうのです」
「じゃあヤバイ神がゲームをクリアしたら?」
「連鎖で、地上もヤバイです」
神々の潰し合い、と須玉が言っていたのはこの剣の奪い合いのためか。周はぞっとした。どうやら想像よりも、遥かに危険なゲームに巻き込まれてしまったようだった。
「ハイそこ、開始前から悲観しなーい!」
オモイカネが耳ざとく、指摘を入れてきた。
「言っておくけど、暇つぶしになにか遊べるものを作れって言ったのも、天叢雲剣を報酬にって言ったのも、元はアマテラスさまだからね? あの方もだいぶ最高神の立ち位置に飽き飽きしてるみたいでさ。ま、《どんな神でも参加可》にしたところと、舞台を《夜の
「仲間内だけの遊びであれば、誰が勝っても剣はアマテラスさまの手元に戻る。それを見越して、彼女は報酬に出したのだろう? 計算外どころの話ではない」
「まあね。アマテラス派は、なんとしてもクリアせねばと躍起だろうねえ」
「あの、五郎八さんも剣が目当てで参加を?」
おずおずと訊ねると、五郎八は言った。
「剣も確保できるならそれに越したことはないが、主目的ではない。私が狙っているのは
「うんうん。各々目的が違っても、手段は一緒! 冒険を進めればそれだけ状況も好転するってことで、仲良く魔王討伐を目指してね!」
元凶に励まされるのもなにか癪だったが、言っていることに間違いはない。
プレイヤーになった以上は、励むより他に道はないのだ。
「そうだ、これを渡しておかなきゃね。制作サイドからのプレゼント、初期アイテムだよ」
オモイカネは五郎八に金色の勾玉を投げてよこした。
「装身具か」
「うん。結構な神通力をこめてるから、肌身離さず失くさないようにね。神は金色で、勇者はハイ、白だ。あとキミは……」
じっとオモイカネは須玉を見やり、
「ま、いっか。
と、翡翠色の勾玉を放った。
須玉は受け止めると、「神使の……」と大事そうに胸に抱いた。
勾玉には革ひもが通されていたので、一行はとりあえずと首に通した。通すと、視界の下部に急に枠とともに文字が浮かび上がった。
【はじまりの勾玉を手に入れた!】
ピコーン、と電子音もする。
「なんだこれ。ゲーム画面?」
周の言葉に、「まさしく!」とオモイカネが嬉しそうに指を鳴らした。
「やっぱりさあ、そういう安っぽい字幕があった方がゲームっぽいだろ? 幻術を組み込むのは大変だったんだけど、ちょっとこだわってみました。勾玉を持ってないと見えないからね、気をつけて。レベルの確認なんかもできるから、経験値稼ぎの参考にするといい」
「悔しいけど、このいかにもなゲーム感は確かにワクワクするかも……!」
「あと勇者の勾玉には、特殊機能があるよ。持ち主の精神に呼応して、武具に変化するんだ」
「な、なんですって」
【アマネのワクワクゲージが急上昇した!】
「神と神使には初期装備の持ち込みを許しているからね。勇者だけ手ぶらじゃ不公平だろ? ただよっぽど強く願わないと変化しないし、武具の強度はレベルに見合ったものになるからね。過度な期待は禁物。町でもある程度の武器なら買えるから、まずは武器屋を覗いてみるといい。ま、その辺のことは
やっぱりあの攻略本を執筆したのもこの神か、と思いつつ周は素直に頷いた。
「本に載っていないことは、町の人とかに聞くといい。情報収集も、大事なゲーム要素のひとつだからね。だからボクへの質問も、ここらで打ち切りだ。もうボクは行くから、キミたちも町長のところに行ってあげるといい」
「やはり、ここには留まらないか」
「当然。制作者としてゲーム環境を点検しがてら、冒険者たちの見物と決め込むよ」
(点検の方がおまけってことか?)
なんだか自由な気質の神だなあ、と考えていたらオモイカネと目が合ってドキリとした。
「アマネくん」
オモイカネは柔和な笑みを浮かべて言った。
「キミからしたら、急な勇者業だ。今後ホームシックにかかるかもしれないし、辞めたいって思うこともあるだろう。でもどうか悲観しないで、キミには勇者を続けてほしいな。きっとここならではの楽しいこともいっぱいあるし、キミにはすでに頼もしい仲間もいる。なんだって成し遂げられるんだって、前向きに取り組んでもらえたら嬉しいよ。ボクにとっては自信作のゲームなんだ」
周はなんと返すか迷ったが、降参でもするように肩をすくめた。
「一応、あなたはおれの命の恩人ってことになるんですよね。──ありがとうございました。いただいたこのチャンスをきっちり活かして、生きて帰りたいと思います」
「勇者らしい顔になったね」オモイカネはいっそう笑みを深めた。「応援してるよ。がんばって」
彼はひらひらと手を振ると、軽やかに窓枠へと飛び乗った。そのまま飛び去ってしまうのかと思ったが、「そうそう!」と再度周の方を振り向いた。
「このゲーム、回復アイテムはあっても蘇生アイテムはないからね。死んだら普通に黄泉送りになるから、気をつけて。せっかく死なずにすんだんだ。ゲーム内でも命大事に!」
最後にとんだ爆弾発言とウィンクを残してから、オモイカネは窓の外に飛び去った。
女性陣からの同情の視線を、ひしひしと感じる。
しかし皮肉なことに、「普通に死ぬよ」宣告をされたことで、周はいよいよこれは現実であるということを確信できたのだった。
あの理知的な神は、まるっと信用はできないがきっと言っていることに嘘はない。嘘などで自分の口を貶めずに、堂々と相手の自滅を誘うタイプだろう。だからこそ女性陣も、攻略本の書かれていない部分にこそ警戒していたのだ。
嘘つきよりも、ある意味もっと
*
「やっぱりここにいたね」
窓から出たオモイカネは、館の屋根に飛び移っていた。
オレンジ色の屋根瓦には、先客が横たわっている。隣へと歩みを進めながら、言った。
「隠れるにしても、部屋の中にも場所はあったのに。ここじゃあ会話はあんまり聞こえなかっただろう?」
「そんなことない。元気そうだなって、よくわかった」
「そりゃあね。わざわざガチャなんて面倒な要素まで加えて、死の運命からすくい上げたんだ。元気でいてもらわなきゃつまんないよ。でもキミ、名乗らないんだもんなあ。感動の再会が見られると思ったのに、それこそつまんない」
「いいんだ。元気でさえいてくれれば、それで」
「キミも殊勝だねえ。あんな普通の人間に固執して」
オモイカネは肩をすくめた。
「アマネくんには特別扱いが過ぎたけど、今後のことを考えると差し引きゼロだろうね。いや、むしろマイナスかな? なにせ相方が五郎八嬢だ。龍たちなんて、彼女の神気に気づいて早速活発に動き始めたようだよ。無事にやり過ごせるといいねえ?」
先客は一瞬目を見開いたが、「……趣味が悪い」と、すぐにまなじりを戻して言った。
「おれを動揺させようとしてるなら、無駄だ。おれは五郎八比売を信じている。あの神は、神らしくない」
「だからこそ、人間にとっては良い神だって?──ふふ。道理で彼女にあてがうのを反対しなかったわけだ。ま、なんにせよ彼女との旅が大変なことは変わらないし、キミもこれで貸しひとつ。しばらくはボクの手伝いをしてもらうよ」
「わかってる」
先客は立ち上がった。背丈は、オモイカネの胸あたりまでしかない。褐色の肌が、周囲の白壁によく映えていた。
「まずは先頭のパーティの様子でも観に行こうか。順調そうなら、チャチャ入れちゃおっと。その後に魔王さまのご機嫌伺いかな。さっそく出発でいいかい、カーくん?」
「その名で呼ぶな。その名で呼んでいいのは、あーちゃんだけだ」
「ハイ、ハイ。……本当に殊勝だね」
オモイカネのついたため息だけを置き去りに、ふたつの影は人知れず、町中から飛び去ったのだった。
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