真実の愛?

 侵入した賊のことやら、辺境伯子息ヴールトスさまがお亡くなりになられてしまった件が速報として飛び込んできたことやらで辺境伯家が混乱しているのをよそに。


 聖女わたし悪役令嬢アクゥーヤさまは、私が借りている部屋で密談をしていた。


「でも、本当に大丈夫なんですかアクゥーヤさま?」


 今の話題は、悪役令嬢アクゥーヤさまが魔法を使えるようになったことについて。

 つまり、悪役令嬢がいつの間にか魔神と契約してしまった件。


 ゲーム上の魔神は、悪役令嬢の心が弱ったところに付け込んできて、一気にその精神と身体を乗っ取ってしまうのだ。

 今のところ、見た目は何とも無い悪役令嬢アクゥーヤさまだけれど、今後もそうだという保証は無い。


「もちろんですわ。真実の愛に目覚めたわたくしにとって、あの程度の魔神など取るに足りませんもの」


 魔神を「あの程度」って。

 っていうか?


「真実の愛、ですか?」


 そう問いかける私に、悪役令嬢アクゥーヤさまは恥ずかしそうに顔を伏せる。


「はい。わたくし、初めてお目に掛かった時から、ずぅーっと……」


 すっと顔を上げる悪役令嬢アクゥーヤさま。その頬はこれでもかっていうほど上気して赤く染まっており、その瞳はうるうるきらきらと揺れながら輝いていた。ちろっと軽く唇を舐める舌の動きが、とても艶めかしい。

 うわなんだこのエロい生き物。あと上目遣いは反則。


「ずぅーっと、聖女あなた様のことを、お慕い申し上げておりますの」


 ……。


 …………。


 ……………………えっ。


 あのちょっと待って私はノーマルだし悪役令嬢アクゥーヤさまだってオーズィ殿下と婚約していたわけですしノーマルですよねお願いですそう言ってください是非とも何が何でも。


 いや待て。ちょっと待て。


 そう言えばこの人、私の方を見て惚けてることが多くなかった?

 私がオーズィ殿下に絡まれてる時にも真っ赤になってボーっとしてたっけ。あれも、バカ王子に何故か惚れ直してたんじゃなくて、聖女わたしのことを見て真っ赤になっていたと?

 それと、モブ貴族子女たちに絡まれてる時も、ものすごい勢いで私を庇いに来たわね。

 政変が起きた際にも、貴族としての義務ノブレス・オブリージュなんていう範囲を超えて支援してもらってたような気がする。聖女わたしに関して辺境伯家と話を付けたのだって、もしかしなくても悪役令嬢アクゥーヤさまよね。


 ……あっ。


 なんか、すごい仮説が頭に浮かんでしまったんだけど。

 ちょっと待って。まさか、だけど、でも。


「もしかして、だけど。アクゥーヤさまが魔神と契約したのって……?」

「ええ。聖女様をお支えするための一助となれば、と、そう思いましたの」


 念のためにちょっとそこらで武器を調達しておきましたのよ、くらいの気軽さで言ってのける悪役令嬢アクゥーヤさま

 やだこの子、愛が、愛が重たい。


 すっかりフリーズしてしまった私の頭に、ふと、聖☆クラのキャッチコピーが浮かんできた。


 ――二人の愛の力を合わせるのよ!――

 ――二人なら無敵なんだから!――


 おいこら運営。


 二人の愛の力って。


 同性でもいいのかぁーーーーーっ!?




 ああ、うん。確かに「愛の力」で「無敵」よね悪役令嬢アクゥーヤさま。最凶たる魔神の力を手に入れてしまったんだもの。


 愛の力ってのもねぇ。異性に向けるような愛情でこそないけど、親愛の情なら私もアクゥーヤさまに対していだいてるわー。

 だってこの人、超絶美人でクールビューティな上に天使な可愛らしさまで持ってるんだし。

 そんなアクゥーヤさまに愛情を向けられないんならそいつはもう人じゃないわー。聖女の名において人でなしを宣告するわー。


 むぅ。

 愛情の種類はとりあえず置いておくとして、悪役令嬢アクゥーヤさまに念押しだけはしておかないといけないだろうな。

 禁断の百合薔薇園へいざなわれるような事態は、さすがにちょっと御免被りたい。


「えっと、あのね、アクゥーヤさま。私、その、異性に向けるような愛情をアクゥーヤさまに向けることは出来ないと思うの。そこは理解しておいて欲しいかな?」


 悪役令嬢アクゥーヤさまが絶望して魔神化しませんように。そんな風に戦々恐々しながら言う私に、しかしアクゥーヤさまは可愛らしく小首を傾げながら答えてみせる。


「聖女様ったら、可笑しいんですの。そんなの当たり前じゃありませんか」

「えっと、それじゃあ、いわゆる肉欲の類を私に向けたりはしないと……?」

「もちろんですわ。聖女様を前にすると、わたくしの魂が満たされるのが感じられますの。これ以上の幸せはありませんわ……ッ!」


 本気で満たされ切ったような、とろっとろにとろけまくった表情で感極まったように微笑む悪役令嬢アクゥーヤさま

 うっわエロい、むしろこっちが肉欲を抱いちゃいそうだわー。

 大丈夫、私はノーマル、私はノーマルだから。誰が何と言おうとノーマル。いいわね? OK? よし。




 ふぅ。

 告白された時はどうなるかと思ったけれど、あの様子なら、悪役令嬢アクゥーヤさまとの関係はおかしなことにならずに済みそうな気がする。魔神化の方も大丈夫かな、アクゥーヤさまの心が弱くなるような要素も無さそうだし。


 だったら、今後は友人として、親愛の情を育てていけばいいよね。アクゥーヤさまがお友達になってくれるなんて、私も大歓迎だわ。想像しただけでもステキ。


 ん? 聖女ヒロインの敵として認識してたんじゃないのかって?

 残念、私はアクゥーヤさまにファンレターを送った中の一人だ。むしろ大好だいしゅき。



 ◇



 政変が終わってみれば、攻略対象は誰も残っておらず、私の逆ハーレム計画も消滅してしまったわけだけれど。

 逆ハーレムなんて浮ついたことを考えずに、しっかり生きて行けばいいと思う。


 ここはゲームの世界?

 違うでしょ。シナリオも好感度も全く意味が無かったのだ。その時点で、既にゲームとは全く異なっている。

 ゲームに似ているけれど、この世界は、今の私にとっての現実リアル


 うん。

 どうにかこうにか、上手く生きて行こうと思う。

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