第7話

 駅まで走っていても、春香は何も言わなかった。


 俺たちが駅について間もなく、水族館のある街に行く電車が到着した。

 手を繋いだまま、電車へと乗り込んだ。


 電車内は席に座れないくらいに混んでいて、俺たちはドアの前に立つことにした。

 ドアの窓ガラスの向こうを流れている景色を見つめながら、春香はつぶやいた。


「真一。一昨日、愛原君と出かけてたのを聞いたの?」


 春香の目線はこちらを向かなかった。

 目線は外に向けられたまま、言葉だけが投げかけられた。

 知らないでほしい、聞かないでいてほしいという心の声が聞こえてくるかのようだった。


「うん。写真付きで見た。」


 嘘はつきたくなかった。

 知らないと言って気にしないふりをしても、意味がないことはわかっていたから。


「そっか。


 ねぇ、聞いてどう思った。」


 春香の手の力が強くなったのを感じた。


「いやだなって思った。

 俺の大切な人を失いたくないって思った。


 何より、何もしてこなかった自分が嫌になった。」


 俺と春香の繋いでいる手の間がじんわりと湿っている。

 それは俺の焦りによるものか、春香の緊張によるものか。


「愛原君と出かけた理由は今は説明できないけど。

 愛原君と付き合うとかそういうつもりはないよ。

 私の居場所はいつだって、真一の隣だもん。」


「うん、信じるよ。」


 話してくれなかった理由は気になるけど、それは今はいいのだ。

 理由があって出かけていて、それはきっと俺のためだから。


 そして何より、つないだ手は離さないから。

 俺がそう決めたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る