第6話

 朝食を食べて軽くシャワーを浴びた俺は、春香に髪を乾かしてもらい。春香に髪をセットしてもらい。春香に着ていく服を選んでもらってしまった。

 自分でやるべきことを全て春香にやってもらったのだ。

 しかし、春香が嬉しそうにやるものだから、抵抗する気持ちも起きなかった。


 二人で、玄関を出る。

 ふと、いつものお出かけなら春香がここで言うことを思い出した。


「真一…。」

「春香、手を繋ごうか。」


 春香が言う前にと思って、急いで言ってしまった。

 春香へと手を差し出す。自分の顔が熱くなっている感じがする。多分だが、顔は赤いと思う。


「うん。」


 春香もまた、少し照れたように頷いて手を握ってくれた。

 一だって、こうやって俺の手を握ってくれる春香は俺の宝物なのだ。


「あのさ、春香。

 今日はいろいろ準備手伝わせてごめんね。」


「んーん。

 楽しかった。だって、ほかの人はできないでしょ?

 真一の髪を触るのも、セットしてあげるのも、服を選ぶのも。

 それに、私好みの感じに仕上げられたから、大満足。」


「そっか。ならよかった。」


 楽しめたならよかった。

 それに、私好みって言ったということは、今の姿は春香的に好みの範疇ということだ。

 同じ感じでできるように練習しようと思った。


「今日行く水族館ってさ、うちと春香のとこと家族みんなで行ったところでしょ?

 懐かしいよね。確か、俺が春香にプロポーズしたんだよなー。覚えてる?」


「覚えてる。

 大きい水槽の前でプロポーズしているカップルを真似して言ってくれたよね。

『一生幸せにするから、ずっと一緒にいてください。』って。」


 そう、そうなのだ。

 幼いころの俺には、目の前で行われたプロポーズを見ても何が何だかわからなかった。

 周りのみんなが拍手していたし、何かいいことがあったんだと思って父に聞いたのだ。

『あれって何しているの?』と。父の答えは簡単だった、『ずっと一緒にいるって約束をしたんだよ』と。


 それを聞いて思ったのだ。

 俺も春香とずっと一緒に居たいと。

 これをすれば春香とずっと一緒に居られるのだと思ったのだ。

 結婚はよくわからなかったから、自分のわかる言葉に言い換えて。


「大切な人だから、離れることは考えられなかったんだ。」


 土曜日の夜、俺の友人から写真付きでLINEを貰うまでは、春香が俺以外の誰かと付き合うなんて考えていなかった。

 いつか、プロポーズして結婚して子供ができて…、ずっと一緒にいるもんだと思ってたんだ。


「春香。電車の時間ギリギリかもだから、走ろうか。」


 僕は春香の答えを聞かずに、走り出した。

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