第8話
大きな水槽。
子供のころ見たものは、大人になれば小さく感じるなんてことを聞いたことがある。
でも、この水族館の目玉のこの大きな水槽は、子供の頃見たものよりも大きく、途方もないように感じた。
「真一。」
春香の声に振り向けば、いつになく真剣な顔をしている春香がいた。
以前の俺ならば、ただ茫然と聞いていただろうし、春香からもたらされる恩恵を唯々諾々と受領していただろう。
しかし、俺は変わると決めたのだ。
「春香。この前も言った通り、クリスマスまで待って貰えないか。」
あえて、遮ることにした。
進むと決めた以上、春香の優しさや思いをただ甘受することはやめようと思った。
ついさっき、出かける前に甘えたばかりな気もするが…。
「あのね、真一。
私は!」
「春香、頼む。」
春香がグッと口を結ぶ。
「春香。俺の話を聞いてもらえないか。」
春香がこくんと頷いたのが見えたので話を続ける。
「俺は、春香がまぶしかった。
かわいくて、才能もあって、努力家で、『天は二物を与えず』って言葉に真っ向からは向かっているような姿が尊敬できるそんな素敵な女性だ。
逆に、俺は何もかも中途半端で微妙だと思う。
顔は普通、運動も普通、勉強は多少できるけど、面倒くさがりで天邪鬼な性格だ。
とてもじゃないけど、春香と釣り合うような男じゃないんだ。
今までだって、春香が告白してくれたらいいな。そしたら一緒に居られるし、幸せだななんて甘えたことを考えていた。
だから、俺は自分を変えたいんだ。
春香の隣に自信をもっていられるような人間になりたい。
でも、春香は誰にも渡したくない。
だから、クリスマスには必ず俺から伝えるから、待っていてほしい。
俺が、春香を幸せにしたいんだ。」
告白の言葉と変わらない内容だななんて思う。
でも、嘘偽りのない大切な気持ちだ。
「あのね、真一。
真一は優しくて、一緒にいると安心するし、人助けをためらわずにできるし、何度も私を守ってくれた。
だから、情けない人間なんかじゃないよ。
そんなこと言ったら、私だって真一に甘えてたし、真一に近づく女が嫌で威嚇したりいやがらせしたことだってあるもん。
だから、私はそんな素晴らしい人間じゃなくて、私だって真一の優しさに甘えてる。」
「春香。
これは俺の問題だ。
なんの後悔も負い目もなく、春香と一緒に居たい。
このまま、一緒になってもきっとどこかで破綻してしまう。
それが嫌なんだ。だから、俺頑張るから、これからも一緒にいるために、俺に頑張らせてほしい。」
春香と来たこの場所は、
この水族館の大きい水槽の前は、俺が誓うには最適な場所なのかもしれない。
過去の俺に、春香のために喧嘩だってしたあの頃の俺に、言うことができる。
情けない奴で、卑屈になって春香から逃げようとしたことだってある。
そんな俺だけど、過去にここで誓ったことは必ず守ると。
「春香、ここに来れてよかった。
ありがとう。」
うつむいたまま、小さく頷いたのが見えた。
「春香、おいしいもの食べに行こ。」
「そうだね。」
春香の涙目は見なかったことにした。
「あ、そういえば、一つお願いがあるんだけど。」
ふと、昨日思ったことを思い出した。
「何?」
「あんまり、俺以外の男と一緒にいてほしくない。
なんか目的があったのかもだけどさ、すごく嫌だった。」
付き合ってもないのに、彼女を独占しただなんて言うのはよくないと思う。
でも、俺の親友は言っていた。
『お前がそう思うなら、言えばいいじゃん。今回の件もそうだし、これまでのこともそう。
言わないから伝わってないんだ。だから、みっともなくても、きもくても言えよ。それが言えるのがお前らの関係だろ?』
「うん。約束する。
もう、真一以外の男の人と出かけたりしないよ。」
春香がそう答えた時の顔が嬉しそうだったのが俺には、不思議だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます