第3話
雨咲雨のロッカーからテティベアが見つかった。
それを皮切りに、希望の光が差した。
もしかしたらこの不条理な世界から抜け出せるかもと。
「他のロッカーも探してみよう」
「もちろんよ」
別段、テティベアが謎を解決するアイテムではないはず。
だが、何かしら手がかりが見つかるかもしれない。
そう思い、二人は急いで残りのロッカーを漁ることにした。
「あっ!!」
晴渡が声を出した。
そのロッカーは、晴渡晴自身の場所だった。
中に入っていたのは——
「マフラーだな」
青、黄、黒、白が混ざったチェック柄。
見た瞬間に誰のものか分かったし、誰からもらったかも分かった。
「そ、それって……わたしが前にあげたやつじゃない?」
「そうだっけ?」
本当は知っていたが、敢えて晴渡はとぼけてしまう。
マフラーを大切にしていると思われるのが嫌だったのだ。
「あら、酷いわね。わたしが折角プレゼントしたものなのに」
「ええーと……手編みだっけ?」
「変な部分だけ覚えてて……でも、どうしてここに?」
雨咲が言う通りだ。
手編みのマフラーがロッカーに置いてあるのか。
家にあるはずだ。今年の冬が来るまでタンスのなかにしまっていたはずなのだが。ここにある理由は全く分からない。
***
マフラーを貰ったのは、去年のクリスマスであった。
『はい、これ』
『ん? 何これ?』
『ぷ、プレゼント……クリスマスの……』
『クリスマスプレゼントは要らないって言ってたじゃん!』
『わたしは要らない。でも晴くんには渡したいの』
『いやいやいや、受け取れないって』
『くまきち、貰ったからそのお返し』
『うーん……そ、それでもだな……』
『渡したいからあげてるの。ダメなの……?』
『ダメってわけじゃないよ。嬉しいよ』
『それならいいんだけど……開けてみてよ』
『家でゆっくり見たい派なんだが』
『いいから開けて。今、丁度使えるものだと思うから』
『うん。分かった』
晴渡が袋を開ける。
入っていたのは、チェック柄のマフラー。
市販品かと思ったのだが、違和感がある。
マフラーの端っこに、晴渡の名前が入っているのだ。
『これって……もしかして』
『………………』
雨咲は何も言わなかった。
ただジィーと晴渡の反応を見ているだけだ。
『手編み……?』
『う、うん……もしかして気に入らなかった?』
『そんなことねぇーよ。雨が作ってくれたんならさ』
手編みのマフラー。
且つ、単色ではなく、複色で作っているのだ。
雨咲雨の苦労が一目見ただけで分かる。
『今、ちょっとヤケクソ感があった気がするー』
『そ、そんなのないって』
『今ここでマフラー付けてみて』
晴渡はマフラーを巻きつける。
サイズは大きめ。
一人で使うには大きすぎるほどブカブカだ。
『どうだ? 似合うか?』
『……似合ってる。とっても似合ってる』
『それなら良かったぜ。それに結構暖かいな、これ』
『高い毛糸を使ってるもん』
『違うよ。雨の愛情が入ってるからじゃないかな?』
『…………………』
『あ、ごめん。今のはちょっとクサすぎたな……あはは』
『ううん。嬉しい』
雨咲はそう言いつつも、『くしゅん』と可愛らしいくしゃみをした。
『ん? ……な、なな、何? 近くに寄ってきて』
『寒いかなと思ってさ。ほら、マフラー一緒に使おうぜ』
『えっ……? それはちょっとは、恥ずかしいかも……』
『恥ずかしいって。別にいいだろ、誰にも見られないと思うし』
周りを見渡しても、歩く人々は誰も居なかった。
『そうだね……す、少しだけなら』
晴渡は雨咲とくっ付き、二人でマフラーを巻きつける。
元々こうなることを予想していたのかのように、長さは丁度良かった。
『……あ、あたたかい……』
『なら良かった』
『でも、手がちょっと寒いかも』
だ、だから、と呟きつつ、雨咲は晴渡の手を握った。
『……晴くんも寒かったでしょ?』
『……あ、うん……寒かったぞ』
『えへへ……それならどっちも得してるし、お咎めなしだね』
***
「変なことを思い出したわ」
「俺もだよ」
「手編みのマフラーって重かったかしら?」
「さぁーどうかな。当時の俺は喜んでたと思うぜ」
雨咲雨は顔を真っ赤に染めたまま。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「今のは昔のあなたに言ったのよ。今じゃないわ」
「過去の俺から伝言だ。スゲェー助かっただとよ」
「どういたしまして」
◇◆◇◆◇◆
このまま時間が過ぎ去るのを指を咥えて待てるはずがない。
晴渡と雨咲は他のロッカーや掃除用具入れを探してみたのだが、特に何も見つからなかった。収穫できたのはマフラーとテティベアのみ。どちらも、晴渡と雨咲に関係するものだった。
「こんな場所に俺たちを閉じ込めた奴は一体何がしたいんだろうな」
「さぁーね。全く意図が見えないわね」
「大体どうして俺たちの関係を知ってるんだよって思うよな。このクマも、マフラーもさ」
「ただの気まぐれなんじゃないの? 何の意味もないと思うとけど」
「どういう意味だ?」
「犯人はただの愉快犯ってわけ。今も滑稽なわたしたちの姿を見て、笑っているのよ」
「何だよ、それ……。トゥルーマン・ショーみたいだな」
「もしかしたら、わたしも仕掛け人の一人かもよ?」
「おいおい……やめてくれよ。そんな冗談」
「そうね、ネタバラシは最後まで取っておくべきだわ」
こんな状況でも、軽々しい発言をするとは。
あたかも自分は何でも知ってますみたいな顔しやがって。
晴渡は溜め息を出すしかなかった。
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