シュウはベッドを出て衣類を身に着ける。ドアに向かうと背後で音がした。

 患者衣の凪沙がベッドから下りていた。

「行ってしまうの?」

「ああ、さよならだ」

「行かないで!」命令口調で彼女は言った。裸足でこちらへ踏み出す。「好きなの、アンタが」

「オマエは勘違いしている。オレは仕事をしただけだ」仕事ではないが、そうとしか言えない。妹に重なったなどと言えない。

「ずっと一緒に居て。アタシ、ECHIGOYAの社外役員なの。ウチへ来たらお給料は三倍、いや五倍──」

「救いようのないバカだな。オマエを助けたのはオレじゃない。後ろで寝ている男だ」

「ベンケイ? アイツはボディガードだもん。アンタが好き。タイプだし」

 パン、と高い音がした。娘の頬を張っていた。

 凪沙はポカンと口を開けた。親にも手を上げられた事がないはずだ。

「当たり前のように近くに居るから、わからないだけだ。オマエは心の底でベンケイを想っている。アイツが串刺しになったときキレたろう。リミッターが吹っ飛んだ。あれが証拠だ」

 茫然とシュウを見ている。「アンタも、好きだよ」消え入るような声になる。

「オマエに興味はない。好きになるのは勝手だが、オレは人を愛せない」愛する者を二度と失いたくない。だから感情を凍らせた。そんな説明はする気もない。

「なあ、お嬢ちゃん。後ろで寝ている男は、ボロボロになってオマエをまもったんだ。いいか。全部手に入れるなんてできない。何かを得るためには、何かを棄てなけりゃならない。選ぶんだ。好きな男か、好いてくれる男か」

 両の目に水玉が浮き、見る間に膨れ上がった。まだ子供っぽい曲面を伝い下りる。

 何も言わずに背を向け、ベンケイのベッドに駆け寄った。膝をついて大きな躰に顔を埋める。肩を震わせて、えっ、えっ、と泣きだした。

「ごめんよ、ベンケイ……ごめんよぉ……」

 気がつくと、大男は目を開けてシュウを見ていた。情けないような表情で微笑んでいる。

 アイツ、聞いてやがった。

 シュウは口の端を上げて応え、部屋を出た。

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