「奥さま……」

《止められるのは、ツトムちゃんだけ。これが、ワタシの、最後のお願い……》

 ベンケイは起き上がった。凪沙の生命いのちを繋いだものの、傷口からは血がしたたる。だが、目は輝きを失っていない。

 少女はまっすぐ女王に迫る。遮る兵士の群に死の言葉を投げる。

「どけよ」

 パン、パン、パンッ。スターマインの破裂音が連続する。凪沙と女王を結ぶ直線上の、兵士数十人が破裂し四方へ飛散する。肉片は大広間ホール2階の高さまで届く。血と臓物の雨となって降る。

 赤いどしゃ降りが晴れると、道ができた。  

 凍りつく兵士たちを両脇に、女王まで続く血みどろの道。

 大海を割ったモーゼのように、凪沙の素足がジャブジャブと進む。

 やって来る者から逃れようと女王はもがく。だが、床に貼り付いた躰は微塵も動かない。

 ベンケイが追いすがって呼ぶ。凪沙は応えない。

「ママの事なんか思い出させやがって──」女王を見下して少女は言った。「オマエにはいじめ方を教えてもらった。復習の時間だよ、センセイ。。シャレてんだよ。笑えよ」見下す目はギラギラと光る。「ひと月、いや一年かけて殺してやる」身を包む蒼い炎が勢いを増す。ゴオゴオと唸りをあげる。

 凪沙は自分のの支配を取り戻した。だが、報復の意志だけになった少女にブレーキは無い。

 凪沙を跳び越えて、ベンケイが前に立った。

「姫の勝ちだ。元の世界に戻れる。こいつらは幻だよ。どうでもいい──」言い終わらないうちに、殴られたように躰が横転した。

「うっせえよ。黙って見てな」

 兵士たちは動こうともしない。新しい王の所業をただ見つめる。

「とりあえず焼いてやる」凪沙が右手を女王にかざす。身を包む炎が掌に集まる。まばゆい光の渦が巻く。

 女王の顔が恐怖にひきつる。

 ベンケイが再び立ちはだかった。凪沙と女王の間に。

「お願いだ、やめてくれ」両腕を拡げて女王の姿を隠す。「気持はわかる。でも、これ以上はダメだ。悪魔と同じになっちゃダメだ」

「邪魔すんなら、ベンケイでもただじゃおかない」

「ああ、いいさ。るなら、先にオレをれ」

 凪沙の表情が動いた。不思議なものを見るようにベンケイの目を覗いた。

「──そしたら、姫が悪魔になるのを見ないで済む」ゴツい顔に穏やかな笑みが浮く。「ナギちゃんに殺されるなら、それでいいや……」

 凪沙の殺気が突然緩んだ。張りつめた風船から空気が抜けるように。蒼い炎は勢いを弱め消えてゆく。

 力を出し尽くした躰が揺らいだ。

 倒れ込む凪沙をベンケイが抱き留めた。

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