「逃がしゃしねえよ、ばーか」凝った首をほぐすように廻す。コキッと音をたてる。「あー、かったりぃ」壇を下りようと歩を進め、思い出したように振り向く。「おっと、忘れるとこだった」

 玉座の陰で、スペードKが身を縮めていた。

 凪沙の目が吊り上がる。唇が残忍な笑みを作る。悪鬼の表情だ。

 クン、と顎をしゃくる。拷問吏の足が床を離れ宙吊りになる。

「アタシの腕、斬り落としてくれたよなあ。あれ、痛かったぞ」

 吊られた男は声も出ない。

「アタシを斬った悪い手は、これか」

 見えない刃が拷問吏の右手首を切断する。ボテッと床に転がった。

「あー、これじゃおもしろくないなあ。アンタ、何回も再生させてアタシを切り刻んだよねえ。アンタの刑は、そうだ、みたいに薄造りの刑~。モチ、足先からネ」

 見えないフグ引き包丁は拷問吏の足先へ切れ込みを入れる。 

 履いた軍靴ごとスライスされた肉片が、ペタペタ床に積み上がった。そこへ赤く濃厚な追いダレ。

 けたたましい悲鳴があがった。

「うっせぇなあ」

 有刺鉄線が浮き上がる。ほどけて長い鉄線に戻り、わめく男の口を縫い合わせた。

《やめなさい、ナギサ。アナタはを取り戻した。もういいの。そんな事を続けたら、と同じになってしまう》

 母の声に凪沙は反応しない。

 扉からなだれ込んだ城外の兵士たちが、女王の前をまもって整列した。その数、ざっと200。

「ソイツら三人、みんな首をはねてしまえ!」女王は金切り声をあげた。

 ふん。凪沙はゆっくり壇を下る。

 敵の前列が突撃してくる。

「はじけろ」

 近づく兵はみな水風船のように破裂した。返り血を浴びて進む少女は赤いモンスターだ。

 凄まじいだ。シュウは舌を巻く。凪沙がブーステッドである事を再認識する。

 女王は一つだけ間違った。母親の映像を見せるべきではなかった。押してはならない禁忌のスイッチを押したのだ。

 凪沙は。比喩ではない。強化ナノマシンを制御するリミッターが外れた。少女の内なるナノマシンは鎖を解かれた狂犬のように暴走する。あろうことか、形のない憎悪まで増幅ブーストしている。

 抑えなければならない。でないと、凪沙の自我はナノマシンに喰われる! 自我の統制を無くしたナノは戦闘に突き進み、自爆する。病院まで吹き飛ばしてしまうだろう。

《ツトムちゃん──》母が大男を呼ぶ。《ナギサに声が届かなくなった。あの子の中にケモノが居る。ケモノが吠えてワタシの声を消してしまう》

「ケモノとは戦闘強化ナノマシンの事だ」シュウがベンケイに言う。「暴走してるんだ。凪沙と喋るなら、ナノ通信を併用しろ!」

《ナギサを止めてちょうだい。止めないと、あの子は悪魔になってしまう。ワタシたちを苦しめた人と同じになってしまう》


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