少女の輪郭が光を帯びている。何かが、確実に変わりつつある。

《ママがついている。ママはいつだってそばに居る。さあ、目を覚ますの。は誰の国でもない。ナギサの国よ。アナタが女王サマよ》

「奥さまの声だ。まちがいない」ベンケイが呟く。

 ハートの女王はスペードKの腰から大剣を引き抜くと、十字架上の凪沙に斬りつけた。

 ベンケイは動いていた。女王と凪沙の間に身を投げて楯になる。振り下ろされた大剣を躰で受けた。力量が段違いの相手からまもるには、それが確実な方法だった。大剣は肩口深く斬れ込んだ。

 壇上に兵士が殺到する。シュウが援護するが、落ちた戦闘力ではさばききれない。兵士の槍は次々とベンケイの躰を貫いた。

「ベンケイ!」シュウは絶叫する。

「へへっ。上等だぜ」すべて受けきって、それでも大男は笑った。

 鉄球で封じられた凪沙の口が絶叫する。拘束から逃れようともがく。兄と親しんだ大男に駆け寄ろうと。

 キイィーン。凪沙の全身から高周波音が響き渡った。

 全員の動きが止まる。

 凪沙の口に嵌っていた鉄球が、有刺鉄線を引きちぎって前方に飛び出した。それは砲弾となり、正面にいたスペードQの頭部をトマトみたいに潰した。

 凪沙の手足を繋いでいた鎖が砕け散る。顔を巡っていた有刺鉄線が吹き飛ぶ。宙に浮いた少女の躰は、重力を無視し、ふわりと羽毛のように壇上に降り立った。

 全身から蒼い炎が立ち昇っている。

 雷光が大窓を照らし、束の間、大広間ホールを真っ白に染めた。

 あの女王が後ずさる。

「ベンケイ……ツトムにいちゃん」倒れて虫の息の男に言う。「ありがとう」掌をかざすと、躰に刺さった槍が次々抜け落ちた。「アタシが死なせやしない」

「何故そんな事ができる?」女王の声は震えを帯びている。

 凪沙は女王に目をやる。「がアタシの国だからさ。だから、何でもできる。な~んでも」

れ!」

 女王の命を受け、兵士たちが凪沙に襲いかかる。だが、少女は指一本動かさない。全身を包む炎が少し明るさを増しただけだ。

 敵兵の躰は次々に内側から破裂して、血煙と共に飛散した。

「ひっ」女王の顔が引きつる。宙に浮き上がり、大扉へ向かって飛んだ。

「待てよ、ばばあ」

 女王は扉手前で飛行能力を失い、手足をばたつかせて落ちた。四つん這いになってムカデのように逃げる。いきなり躰が持ち上がり、反転して、背中から床に叩きつけられた。

 もがいても起き上がれない。見えない力が、今度は女王を床に貼り付けたのだ。

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