疲労が蓄積すればブーストレベルは落ちる。加速も攻撃力も低下する。このタフそうな相手に長期戦は禁物だ。

 宙に跳び、躰をひねって黒龍の背に取り付いた。長い首に腕を巻き絞めにいく。

 赤く濁る目が細まった。

 苦悶かと思った。が、違う。わらったのだ。何も効いていない。

 ドン、と背中に衝撃を受けた。龍が尾を叩きつけてきた。

 首から腕を解き離れようとしたが、尾に巻き取られた。そのまま龍の正面に運ばれる。大鮫のような口が目前に開く。

 瞬時に、龍の腹部に溝がある事に気づいた。躰を屈伸させるために、硬い表皮にはジョイントが必要だ。しかも背面より硬度が低そうに見える。

 渾身の右ストレートを溝に叩き込んだ。 

 溝を貫き、肘まで腹部に突き刺さる。

 龍は声をあげる。苦痛の声ではなかった。今度もわらいだ。

 腹に埋まった腕が圧迫されて抜けない。そこに激痛がはしる。

 女王は勝ち誇って言う。「残念だったな。ジャバウォックには口が二つある。オマエはもう一つの口に手を入れたのさ」

 腹部の溝が唇のように上下にめくれた。トラバサミとなった牙がシュウの腕を咬んでいる。

 ブチッ、と音がして肘から先を喰いちぎられた。鮮血が飛ぶ。

「腕はじきに消化される。30分もあれば充分だ」

 苦痛に顔をしかめながらも、シュウはわらいを返した。「30分か。それだけあれば、確かに充分だ」

「なに?」

 シュウは目で照準する。龍の体表のあちらこちらを。

 とつぜん龍は呻き、尾のいましめを解いてシュウの躰を放り出した。両腕を振り両脚で壇を踏み鳴らす。奇妙なダンスを踊りだす。

「何をした?」女王の顔が強張る。

「悪いもの喰ったらしいぜ」床に倒れたままシュウは応えた。

 腹にぶち込んだ右拳は握っていたのだ。葉巻型マルチツールアイテム、切り札──ジョーカーを。

 龍の胃袋の中、ナノマシン通信でシュウの指示を受けたジョーカーは、あらゆる向きに回転しながら熱線を撃ちまくった。フル出力だ。はがねの皮膚は災いした。熱線は貫通せず、発生したガスや水蒸気は逃げ道がない。龍の体内は圧力鍋状態だ。

 耳をつんざく絶叫をあげて龍は踊り狂う。やがて、上下の口から紫の血を大量に吐き、音をたてて横倒しになった。しばらく痙攣していたが、間もなくそれも止んだ。紫の血溜まりには、バッテリーを使い果たしたジョーカーが転がっていた。

、ジョーカーの使い方次第だ」表情を無くした女王にシュウは言う。

 女王は歯ぎしりした。音が聞こえたかと思ったほどだ。「そうだな。だが、手札は使いきった」

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