「アリスの話がベースなのに、道案内のウサギは出ないんかい」ベンケイが言う。
変な双子やキノコに寝そべるイモムシ……そんなキャラも居た。おとぎ話を思い出す。さて、どの程度オリジナルをトレースしているのか。
──回答は間もなくやって来た。
突然の殺気。
斜め上からすばやく襲いかかるモノを紙一重で
「ベンケイ、敵だ!」樹の陰に飛び退いて叫ぶ。「見えないぞ!」
「見えないって」ベンケイは狙いを逸らすように動く。が、加速直前に左上腕をやられた。何かがぶつかって血しぶきが飛ぶ。そこには、抉られた咬み傷があった。
「ちくしょうッ。牙持ってやがる。透明な獣だ」加速状態で樹を盾に位置を変えながら、シュウに伝える。
見えない上にスピードがある。こちらの加速を上回る。
脚を激痛が襲った。スラックスの生地ごとふくらはぎを一口いかれた。損傷部が広いと単発の弾丸のように弾き返せない。ナノマシンが急遽、止血と修復に
(口のサイズが猫くらいの獣だ)
発声せずナノマシン通信に切り替える。至近距離なら可能だ。なんとかベンケイにリンクした。
(そうかい。じゃあ、人喰い猫ちゃんにエサやるぜ)
ベンケイは加速を解除し、木の陰から出て仁王立ちした。
(ばかッ。何やってる!)
咬まれた方の腕を前に突き出す。ベンケイは両目を閉じた。
強化ナノのアビリティを大きく聴覚に振っている。視覚情報を断ち、動体が空を切る音だけに集中している。
何かが突き出された腕に向いて突撃した。
ベンケイはカッ、と目を見開く。腕の傷口から血液のシャワーを扇形に放つ。傷口周囲の筋肉を引き絞ってわざと出血させたのだ。
真赤なスプレーを噴き付けられた透明な獣は、その姿を空中に晒した。
意図を察したシュウは既に跳んでいた。赤くマーキングされた塊をパンチで叩き落とす。
ブヒャッ、と呻いた獣はベンケイの足元でバウンドした。すかさず大きな両手が捕らえる。
シャーッ。血まみれの獣は逃れようと暴れた。
「これ、猫か?」
血を浴びた虎猫らしきモノは、吊り上がった金目とノコギリ刃の大口で威嚇する。
「ワニみたいな顔だ」猫好きでなくて良かった、とシュウは思う。逃がしてやれよ、と言わずに済む。
「おめえがチェシャ猫ってわけか?」ベンケイは捕えた手に怪力を込める。悲鳴。骨の砕ける音。「ネ~コは、コタツで、丸くなってろッ!」化け猫を丸め潰す。出来上がった猫ボールを、山寺の和尚のように森の奥へ蹴り飛ばした。
「無茶するヤツだな。大量出血だぞ」
「きっちり400ml。献血っすよ」
命が惜しくないのか。なかばあきれながらも、覚悟を見せられた気がした。
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