「姫が棒で叩かなかったら、オレ、喰い殺されてた。だから、姫をまもるためにブーステッドになったんだ。お金はセンセイが出してくれた。相手がAliceだろうが、絶対ここから助け出す」

 純情な男の子は、娘のボディガードに雇われた。ところが、まもられる側の娘もブーステッドになった。父親のクレジットをハッキングするとかして、闇手術やみオペを受けたのだろう。

「姫は、すっかり変わっちまった。けど、ホントはやさしい、いいなんス。オレのことお兄ちゃんって」シュウがもつ悪印象を弁護するように言う。「でも、奥さま──姫のお母さんが離婚してお屋敷を出て、そんで自殺して……あれで姫は壊れちまった。っていうか、自分から壊れようとしてる」

 シュウは話を遮った。熱い感情の発露はごめんだ。家族のなど想像したくない。

 凪沙が言っていた〈Aliceの断薬剤〉。それは、もしかして、本当に有るのだろうか。無いにしても、それをエサに鷹峰をコントロールできる──

「潮原組としては、姫さまを助けに行かせたくない。だからオマエを排除しようとした。後ろに隠れてるヤツの意向でな」

「後ろ?」ベンケイは、単に潮原の裏切りと思っている。「いったい誰が後ろに?」

リウミィン、おそらく」

リウ……」声の温度が急降下する。それほどの悪名だ。「何でヤツが出て来るんスか?」

「ECHIGOYAの業績は絶好調だ。快く思わないヤツもいる」

「ちくしょう。ハナシがデカ過ぎだぜ」

 雷光が森を照らした。間を置かず轟音が落ちる。風が樹間を荒れ狂い、岩場を叩く雨がしぶきを上げる。

 交代で15分ずつ睡眠を取ろう、とシュウは提案した。

 ナノの助けを借りる強制睡眠──緊急措置だ。僅かな時間で傷も体力もガッツリ回復チャージできる。

 先にベンケイを休ませ、次にシュウが眠った。

 タイマー仕掛けのように目が開くと、ベンケイが逆光に立ち両腕を廻していた。

「起きたんスか?」

「ああ、ぐっすり寝た」たった15分だが、10時間も眠ったようだ。「オマエも調子良さそうじゃないか?」

「左肩、回復っすよ。7割ってとこ」顔をしかめながらも可動域を確認している。やる気満々だ。

 雲間から陽の柱が幾条も射している。雨は霧のように細かく、風の叫びは止んでいる。

 全滅した兵士の亡骸は一つ残らず消えていた。まるで嵐が洗い流したように。いや、データに還元され消去されたように──

 樹々のむこう、城の尖塔を中心に雲一つない空がある。雲海を丸く切り抜いて、そこだけ真っ青な円が城の上を飾っている。まるで目印だ。ここへ来い、とでも言いたげに。

 招かれているわけだ。

 濡れた草を踏み森を貫いて、ブーステッドマン二人は城に向かった。

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