勉の母親は鷹峰の屋敷のランド・スチュワード、つまり使用人たちを束ねる総責任者だった。正虎の妻、怜那れいなに気に入られた母はよくお茶の誘いを受け、勉も同じテーブルにつくことがあった。三つ下の凪沙には兄のように頼られた。小学校へ上がる前後のことだ。

 鷹峰の屋敷で何かの宴会があった際、客の一人が連れて来ていた大型犬が何故か裏庭に迷い込み、遊んでいた勉を襲った。勉を助けようと、凪沙が棒で犬を叩いた。犬は矛先を変え凪沙の脚に咬みついたが、飼い主の客が犬を射殺した──


「姫もオレも大怪我だった。すぐに救急で最先端のナノマシン治療を受けた」

 ナノ治療は高額だ。娘はともかく、鷹峰の力がなければ勉はナノ治療など受けられなかっただろう、とシュウは思った。

「その治療の時、姫とオレが〈適合者〉である事がわかったんだ。二人ともブーステッドになれる資格があるって……」

 遊走型生体強化ナノマシン──スーパーマンを造り出すナノサイズの兵器だ。ただし、この兵器を体内で飼いならせる人間は限られる。およそ200人に1人。Aクラスの同調率を出せるとなると、さらにその半分以下。

 二人の子供が〈適合者〉だったというのは運命の導きか、それとも計略の仕業か。揃って犬に咬まれてナノ治療。治療過程で〈適合者〉と判定される。計略の臭いがプンプンする。

 鷹峰の屋敷に犬を連れて入るほどワガママを通せる人物。その犬の繋ぎが外れて、居合わせた子供たちを襲う。

 シュウの脳裏に、ある男の顔がまた浮かぶ。そんなを実行できるのは、アイツくらいだ。

 家族が殺された時、取り巻きに囲まれて中央に居た男。

 リウミィン

 中華経済圏の裏社会に君臨する帝王だ。世界最大の通販企業〈飛龍フェイロン〉がフロントと噂される。飛龍フェイロンと比較すれば、ECHIGOYAとて半分の規模もない。

 17年前、ECHIGOYAは飛龍フェイロンの代理店のようなものだった。日本・オセアニア商圏を任され飛龍フェイロンの番頭にすぎなかった鷹峰は、取り巻きの後ろに立っていた。

 のちにECHIGOYAは独立して急発展する。

 調子に乗るなよ──リウが鷹峰の躍進にしたとしても不自然ではない。警告は、一番大切なものをおびやかすのが何より効果的だ。    

 リウの残虐さは伝説と化している。幼児おさなごを犬に喰わせるなど、何でもない事だろう。

 犬連れで宴会に赴いたのは、リウミィン、もしくはその代理人に違いない。

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