04 不気味の国


              *


 嵐の到来を告げる空模様だ。ネズミ色の厚い雲が風に押される。

 雲間を稲光がはしる。空気は雨の予兆を孕んで重い。

 シュウは小高い岩場に居た。前方に針葉樹の森が拡がる。その彼方に、三つの尖塔が天を衝く城が見える。

 城壁は元々カラフルな暖色系だったのだろう。そんな想像をかき立てる佇まいだ。現在いまは変色し、どす黒い夜の色。表面を、浮き出た血管を思わせる赤い筋が蔦のように這っている。

 初回の入園者をファンファーレで迎えるの城は、闖入者に対して、はじめから本性を晒していた──

 もう〈不思議の国〉ではない。〈不気味の国〉だ。

 Alice がプログラムする世界のについては説明を受けた。この国へ持ち込める物には条件がある。普段から身に着けている、精神的に親和性の高い物に限られる。

 装備は確かに現実世界から継承されていた。サラリーマンスーツはゼロ課仕様。防刃、防弾のカーボンメッシュが仕込まれている。しかも軽量で伸縮に富み動きを妨げない。ポケットにはちゃんと相棒のジョーカーも入っている。いつも通りだ。

 いつも通り戦えるとして、問題は敵の戦力。Alice がどれほどの力を持つのか想像もつかない。

 眼前に拡がる世界は、圧倒的な存在感だった。とても仮想つくりものとは思えない。現実リアルに勝る現実感リアリティをシュウは全身で体感していた。

 これがAlice……

 他のVRD体験がハリボテに思える。

 感心していてもしょうがない。岩場を降りて森の中へ進んだ。

 ベンケイを探さねばならない。現実の条件が継承されるなら、アイツは片腕を負傷している。

 頭上に繁る枝葉が陽光を遮る。湿った腐植土に足が沈む。城までおよそ4km。

 しばらく行くと、広範囲サーチ設定したナノが複数の動きを捉えた。

 見つけた。

 動きを感知した方角へ加速ブーストする。

 樹々の間にベンケイの姿が見えた。ぐるりと囲まれている。包囲するのは、鈍色の鎧兜に包まれた頑健な兵士たちだ。その数16。

 なるほどAliceの世界だ。

 鎧には胸と背にマークが描かれている。黒のスペードかクラブ、または赤のハートかダイヤ、四種類の内いずれかのマークを付け、マークの中央には数字が白抜きされている。

 ベンケイの左腕にアームホルダーはなかった。だが動きは不自由だ。ほとんど右腕で応戦している。ソードで斬りつける兵士たちを殴り倒す。圧倒的な強さ。それでも、さすがに数に押されている。

 シュウは戦いの輪に躍り込んだ。

 兵士の背に弾丸ドロップキックを浴びせる。大腿四頭筋をブーストしたキックは、鎧ごと背骨を粉砕した。

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