鷹峰 政虎は倒れ、鎮静剤を射たれて別室で横になっている。

 シュウの家族が長い時間をかけて殺された時、表情を変えずに眺めていた男は、愛娘の苦痛を正視できなかった。

 少年だったシュウは家族の惨殺を見せられた。その時の光景は、たった一つの映像として残っている。無音の、忌まわしい。こちらを眺める数人の男たち。高価なスーツに身を包む成功者たちだ。中央の男は爬虫類を連想させる。薄い冷血な唇に笑みを浮かべている。後方に、鷹峰 政虎のまだ若い顔がある。

 ナノマシン精神治療の際、そのだけは封印しないでくれ、と無茶な要求をした。忘れるわけにいかない。切り取られたは色褪せることなく、シュウの胸に刻まれている。

 復讐のためかもしれない。が、そのが、とんでもない窮地から幾度かシュウを生還させた。

 心の闇は黒いエネルギーを産む。銀河の彼方に現れたブラックホール。あれは、人の心の闇が生み出したのではないか。そんな想像さえ脳裏を掠めた。

「準備ができました」白衣にマスクの医師が言う。「アナタの血液から特殊浸透膜で抽出されたナノマシンの一部は、輸液と共に患者体内へ入ります。浸透膜はブーステッドのナノマシンのみを通しAliceナノマシンを通しません。その点はご安心を。ブーステッドお二方と患者は輸液チューブで繋がります。通信機能付きチューブですから、患者体内へ潜入したナノマシンは本体のナノからコントロール可能です。ただ一つの事、患者の救出だけを考えてください。そうすれば、おのずと道は開ける。それが博士のアドバイスです」

 現場は男性医師と女性看護師の二人だが、傍らのディスプレイから映像だけの博士がweb参加している。アドバイザーと称して。

 イワン・スミルノフ──異端と呼ばれるナノマシン学者──は、華奢で細面のまだ若い男だ。東欧訛りの英語を喋る。

 webの接続先は不明だ。背景にコバルトブルーの海が拡がる。オープンテラスで食事を摂りながら、博士はカメラに向き合っている。爽やかな風が吹いているのだろう。ブロンドの長髪がなびく。

 回線のむこうからシュウに語りかけてきた。

「現実の条件はすべてAliceの国に継承される。でも、キミは無敵のブーステッドマンだ。でもアウェイだからね、一つヒントをあげよう」口中の肉をクチャクチャ嚙みながら言う。「はAliceに占領されて敵だらけだが、元々は患者のなのだ。それを患者に気づかせることだよ」

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