新都庁を出たシュウは大阪城公園を横切った。行き先が決まっているように歩みは速い。堀沿いに走る市民ランナーとすれ違う。

 夢の中で悲鳴を上げていた少女には顔がなかった。その意味がわかった。

 凪沙が妹に重なるのだ。近くに居た時、たしかにシュウの気持が和んだ。

 家族の記憶は封印されて、妹の名も顔も知らない。思い出そうとすると、意識の映像にボカシがかかる。

 背筋を冷やす推測が脳裏をよぎる。

 ──妹は凪沙に似ているのかもしれない。

 夢の中で、凪沙の顔が妹の記憶を引き出す──その可能性をナノは警戒した。危険な記憶の浮上を阻止するために、夢の少女をのっぺらぼうにしたのだ……

 シュウの内にある家族への思慕が、封印された記憶を召喚しようとしている。幽霊を呼び寄せるように。

 お兄ちゃん、助けて──幽霊は訴える。

 病院のベッドで、たった今、拘束された少女が禁断症状の責め苦を受けているのだ。

 早く気づくべきだった。苦しんでいるのは妹だ。重なった二人の少女を、もう分離することはできない。

 ブーステッドマンを志願した理由。それは、まもる力が欲しかったからだ。理不尽な暴力から大切なものを護る力。それさえあれば、妹を、家族を殺されずに済んだ。

 くそッ。

 シュウは走りだす。

 妹を、二度も殺させるものか!

 加速ブーストした。

 追い越すランナーたちが風圧でよろめく。   

 突風に煽られた、と彼らは思ったに違いない。


              *


 ナノマシン応用科処置室。実験室のような部屋に、凪沙は病室から移されていた。

 無機質な実験台に似たベッドが三台並ぶ。中央に凪沙、奥にベンケイが寝ている。

 水色の患者衣に包まれた凪沙の姿は、あまりに痛々しかった。四肢と体幹をベルトで固定され、泣いて嫌がった坊主頭にされている。つるりとした頭部に数えきれないほどセンサーが貼り付き、そこから伸びたコードは機器に繋がっていた。

 おちついた呼吸をくり返しているが、1時間前に禁断症状が襲ったという。苦痛で目覚め、大声で暴れ、力尽きて失神した。拷問吏が待つ〈不思議の国〉へ戻ったのだ。どちらに行こうと地獄に変わりはない。

 シュウは手前の台に躰を横たえる。

 女性看護師がバイタル計測のセンサーを裸の上半身に貼り付ける。

 凪沙ごしにベンケイを見た。20分が経過しているという。

 ベッドが狭苦しく見える大男は、眉根を寄せていた。でどんな状況にあるのか想像もできない。

 ベンケイのモニター画面には〈カツラ ツトム〉と表示されている。それが本名だろう。 

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