「アニキはいい人だ」

「何だ、それは」

「オレにトドメを刺さなかった。もしオレが勝ってたら、トドメ刺してた。ずっとそうしてきたから、そういうモンだと思ってた」

 ハナシがおかしな方へ行きそうだ。シュウは切り上げる。「悪いが、疲れてるんだ」弾倉を外した機銃を大男の前に放った。

 背を向けて時間外出入口へ向かう。その背を野太い声が追って来る。

「姫を助けてください」

 その言葉に足が止まる。

「なんでオマエが頼む?」

「幼なじみ、なんス。小さい頃からずっと姫をまもってきた。オレ、姫を助けにAliceの国へ行く。一緒に行ってくれませんか。アニキはオレより強い。二人で行けばきっと助けられる。姫が麻薬ヤクやってたのは知ってた。でも軽いやつだと思ってた。まさかAliceだなんて…… センセイに姫の護衛任されたのに、失格だ。オレの責任っす」

 センセイとは政虎のことだろう。何にせよ、感情をさらけ出したハナシは頭が痛くなる。

「内輪の事情だろ。オレには関係ない」止めた足を動かす。

「じゃあ……オレが一人で行く」

 落胆の声を置き去りにした。

 外へ出ると肌寒い。夜明け前の駐車スペースはガラ空きだ。日が変わって土曜日なのを思い出す。

 紫に明ける空を見上げた。

 あのゴリラ、凪沙に惚れている……

 大阪城のむこうに巨塔がそびえ立つ。新都庁だ。

 房総大地震で半島の一部が海溝に引きずり込まれ、東京は壊滅した。喪失の日からひと月後のことだった。終末観に捉われた国家に関東復興の気力は無い。なし崩し的に大阪に首都が移った。皇室は、長い年月を隔て、再び京都に戻った。

 シュウの腕時計型情報端末リストデバイスが着信を知らせる。政虎からだ。

 応答を拒否して通知をオフにした。

 剥き出しの感情がひどくこたえる。肉親同士のそれは、特に。


              *


 浅い眠りに宙吊りになって、悪夢の波に洗われていた。

 革ベルトで少女が寝台に拘束されている。少女に顔はない。のっぺらぼうに目と口の黒い穴が空いている。黒い穴の目と口が極限まで開いて絶叫している。

 苦痛の叫びは、不快なサイレンのように胸に刺さる。長く途切れなく続く──

 シュウはベッドに跳ね起きた。冷たい汗が全身を濡らしていた。

 時刻を確認する。午前9時少し前。

 2時間ほど横になったが、眠った気がしない。少女の悲鳴がずっと背景音になっていた。ナノに頼れば理想的な深睡眠に入れるが、オフの時間を作らないと依存症に陥る。

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