敏捷な獣のように、カウンターを蹴り精算機の天井板から回廊へ跳び移る。変哲もないビジネス靴のアウトソールは、グリップ抜群の特殊ラバーだ。あっという間に2階回廊の手すりを越えていた。
階下へ機銃を向けていた男が、とつぜん真横に現れた男に驚愕する。次の行動をとる間もなく、その顎にシュウの蹴りが入っていた。
昏倒した男から武器を奪う。
何処の刺客だ? どんな絵が画かれようとしている?
手すりを飛び降り、また1階に立つ。機銃に狙われるはずだったヤツがこちらへ来る。
身構える。──強い。
角を曲がって巨大な影が現れた。
コイツは……
10時間ほど前にKOしたゴリラがそこに居た。負傷した肩に続く左腕をアームホルダーで吊っている。凪沙はベンケイと呼んでいた。
ナノマシン応用科──希少な診療科が、このセンターには設置されている。やって来た廊下はそこに連絡する。治療を受けてきたのだ。
段取りが良過ぎないか。夜間なのに……
ベンケイはこちらに気づいた。
まさかリターンマッチはないよな。片腕じゃ戦えないだろう。
シュウを認めると巨体を床に落とした。あぐら座りする。戦意が無いことを示した形だ。
「狙撃されるとこだったのか……アンタに助けてもらったんだな」
シュウの手には銃口を握られた機銃が逆向きにぶら提がっている。それを見て状況を理解したようだ。
「ただの通りがかりだ」機銃を持ち上げて見せる。「持ち主はとりあえず寝かしつけた。オマエ、誰に狙われてる?」
「潮原組…… きのう一緒にメシを食った連中が襲ってきやがった。この先の廊下で二人倒れてる。オレが邪魔になったらしい」ふふ、とベンケイは自嘲気味に笑う。そしてシュウの目をまっすぐ見た。「姫をここへ運んでくれたそうスね」
「姫? ……鷹峰 凪沙のことか?」
大男は頷く。
「バックドロップ、いい角度だった。アニキには完敗っす。たぶん、何回やっても勝てない」
あまりの潔さに拍子抜けする。そして自分がアニキと呼ばれた事に気づく。
「おい、待て。歳下にアニキはないだろ」
「オレ、18っす」オッサンだと思っていた大男はイタズラ小僧のように笑った。その笑顔は、なるほど18に見える。
オーバーブーストの副作用だ。過剰な身体能力と引き換えに老化が進む。
何かを手に入れるためには、何かを手放さねばならない。それが生きることだ。
250年後に終わる世界は、潜在意識に鬱を植え付ける。短くても思いきり生き抜く──そう考える若者が増えている。この18もそうだ。誰にも負けない強さを求めた。そしておそらく凪沙は、子供返りのように、永続する遊園地を求めた──
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