ナノマシンにはナノマシンで対抗するしかない。

 麻薬ナノマシンに侵された患者の脳に、ブーステッド仕様強化ナノマシンの一部を送り込む。ナノマシン通信により、ブーステッドマンは患者の意識に潜入する。そして麻薬ナノ――Aliceを無力化し、患者の意識を救出する──

 簡単な説明だ。実にわかりやすい。だが、前例のない仮説にすぎない。こんな茶番じみたプロジェクトに大量のリソースが投じられる理由はただ一つ。患者が鷹峰 政虎の娘だからだ。小学校で教わる〈平等〉など何処にもない。

 凪沙がKINKIメディカルセンターに収容された1時間後には、対策チームが動きだしていた。すべての症例、論文が検索され、異端とされる研究者がの上に残った。ナノ対ナノ治療を提唱するイワン・スミルノフ博士。

 政虎はたった一本の蜘蛛の糸に縋ったのだった。

 特別病室で政虎に再会する直前、シュウは別室に通されてナノマシン治療の概要を聞かされた。あくまで参考に、ということで。

 リスクの説明を受けた。強化ナノが麻薬ナノに場合には、治療可能程度の精神障害を被るという。

 加えて、意識への潜入条件が説明された。

 潜入者は患者にとって既知の人物である──という必須条件。未知の人物では患者との信頼ラポールが構築できず、治療を受容しないという。

 とんでもないタイミングで不良娘と知り合ったものだ。小一時間の接触でしかないが、〈助けられるのはキミだけだ〉と父親に土下座されるわけだ。

 家族の殺害を黙って見ていた政虎。現在いま、立場は逆になった。運命の皮肉というやつを、つくづく感じる。

 仮説でしかない治療法で不良娘を助けに行けだと? そんな義理、オレにはないよ、ジイさん。

 シュウはエレベーターで1階へ降りた。広大なロビーは夜間照明で薄暗い。

 不穏な動きを感じる。バックグラウンドの探知detectionレベルは最低設定だが、それでもナノは危険な気配を警告してくる。

 ロビー奥に別棟へ続く廊下がある。死角になった先に、激しく動く複数人の振動を捉える。無音の騒ぎはすぐに止んだ。素早い決着だ。

 吹き抜けになったロビーの2階回廊、そこにも一人潜んでいる。銃を構えているようだ。狙撃対象はシュウではない。騒ぎのあった廊下をやって来るヤツだ。

 2階への最短ルートをイメージした。総合受付カウンター、自動精算機、回廊の手すり──

 シュウは加速モードに入る。受付カウンターへ飛び乗った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る