03 メディカルセンター


              *


 ECHIGOYAの創業は明治に遡る。屋号は〈越後屋〉。海産物の流通で財を成した。海運業に乗り出し、軍需に関わり、商社になった。そこからは異種細胞を捕食するマクロファージのように、多角的な M&Aを続ける。IT大手を傘下に収めて急拡大し、国際マーケットを席巻するに至った。

 ECHIGOYAは政商として各国政府の根元に絡みつき、着実に共生関係を構築していた。


 大阪城を望む高台に病院はある。KINKIメディカルセンター最上12階特別病室。高級スイートを思わせる広さの部屋に、鷹峰 凪沙はベルトで拘束されていた。あの動画の女性と同じように。

 目を閉じて呼吸は穏やかだ。あと一時間もすれば目覚めるだろう。そしてAliceを欲しがる。禁断症状だ。最初に焦燥感、次に不安、そして苦痛がやって来る。それは波のように寄せては返し強度を増す。耐えきれず失神に逃れるまで。

 だが、逃げた先でも苦痛が待つ。〈不思議の国〉の楽園は地獄に豹変しており、そこでもAliceの追加を督促される。闇金の取り立てに逃げ場はない。寝ても覚めても責め苦が続く。

 Aliceをみさえすれば、苦痛の記憶は消去される。一時的な楽園にまた戻れる。このパターンのくり返しで、体内に飽和するAliceナノマシンはいずれ宿主を隷属させる。いたぶりながら破滅へ導く。行き着く先に待つのは廃人という帰結だ。

 窓の外に拡がる空を薄明りが彩り始めていた。黒い巨岩のような大阪城が正面に見える。

 窓際のソファに座る初老の男は、曙光を背負って俯いていた。膝に肘をつき両手で顔を覆っている。鷹峰 政虎。巨大な力をもつ男が、自分の娘一人救えずにいる。

「ワタシはこれで」シュウは軽く頭を下げた。

 親元へ送り届け、娘の現況を報告した。仕事は完了だ。これ以上エージェントにできることはないし、すべきでもない。

 くるりと向けた背を、弱い声が呼び止めた。「助けて、くれんか」

「ご依頼の件は、すべて片づきました」シュウは背を向けたままで言う。「それに、個人のゴタゴタは本来我々の仕事ではありません。ワタシは休暇中に、家出少女を保護しただけです」

 逆らえないほど強力なコネで、オレはレンタルされたのだ──そう言ってやりたかった。

 鷹峰の言う〈助けて〉の意味はわかっている。そんな事、できるものか。

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