スクリーンは白い部屋を映し出していた。病室だ。

 薄いブルーの患者衣を着た若い女性が、ベッドに横たわっている。髪は丸刈りされ、脳波センサーが頭部のあちこちに貼り付いている。半開きの碧眼は虚ろだ。頬はこけ、艶のない肌は土気色をしている。

 映像は固定カメラが斜め上から撮っていた。映像上部にナンバー表示がある。

 case : Alice 0013

「Alice、なの?」凪沙の声に怯えが混じり、かすれる。

「そうだ。中毒症状を呈して、もう。このはAliceに乗っ取られている」

 女性は拘束されていた。ベッドの四隅に付いた手枷と足枷でX字に固定され、幅の広いベルトで腹部を押さえられている。

 ゴクリ。凪沙の喉が鳴る。

 仮想現実麻薬VRDはナノマシン麻薬とも呼ばれる。プログラムされたナノマシンが脳に滞留し、摂取者に別世界VRせるのだ。

 VRDは4段階の強度に分類される。

 weak/medium/strong/very strong

 ところが二年前、闇市場に登場したモンスタードラッグ〈Alice〉は、そんな分類を跳び越えた。新設されたランクは、danger──〈危険〉だ。

 Aliceをめば、たちどころに〈不思議の国〉へ飛ばされる。万能感が全身に充ち、驚異の世界で心躍らせるアドベンチャーが始まるのだ。

 だが、そんな楽しい、遊園地のアトラクションに似たは永遠に続くわけではない。やがてフィナーレの時が来る。舞台に黄昏が迫り、連続してきた痛快さや幸運が逆回転を始める。まるで、人生の帳尻をプラマイ・ゼロに合わせるとでもいうように。

 の胸に不安が兆す。貴重なものを奪われる不安だ。

 その不安を解消して楽しい日々に戻すのは簡単だ。Aliceを購入し追加服用すればいい。〈不思議の国〉のチケットは更新され滞在が延長される。

 逆に、Aliceをやめようとするなら、禁断症状の罰が与えられる──

 甲斐甲斐しかった召使いたちは口ごたえを始め、反抗して暴力をふるう。戦闘アトラクションでは、痛快になぎ倒してきた敵キャラは強大になり反撃に転じる。ザコキャラにまで追われる始末だ。

 初めての敗戦。連敗。勝てぬことを悟り逃走する。そして、逃げ廻ったあげくに捕えられる。

 こうして拷問が始まるのだ。Aliceを継続しろ、と。

 詫びてゆるしを乞う。命乞いをする。だが、ゆるしはない。無間地獄が続く。間もなく、命乞いは〈お願い、殺して〉に変わる──

 映像の女性の目が突然大きく見開いた。青い瞳を恐怖がはしる。口が開いて絶叫する。拘束を破ろうと全身で暴れる。

 音声はオフにしてある。とても聞かせられるものではない。だが、無音の絶叫は、映像だけで見る者の耳をつんざいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る